第7話 金の瞳に見つめられて
トンデモ発言がなされたことに、私の笑顔もひきつる。
罪人を歓迎ってどういう神経をしているのかしら。そもそも、お祭りってそんな簡単に開催できるものでもないし、開催できたとして、罪人を紹介されて誰が喜ぶのか。──まさか、公開処刑をするってこと!?
混乱の末、泡を吹きそうになった私は、きっと顔面蒼白に違いない。
ブライアンさんが小さくため息をついて、フェリクス様に厳しい眼差しを向けた。瞬間、フェリクス様が躊躇するように目をそらした。
主を眼光だけで黙らせるなんて!
ブライアンさんは、フェリクス様より少しお若く見えるけど(たぶん、私のお兄様と同じくらいよ)、全く物怖じしていないし身のこなしに無駄がない。完璧という言葉が似合いそうな執事だわ。
「フェリクス様、考えなしの発言はおやめください。アリスリーナ嬢が困っておいでですよ。来たばかりですし、まずは生活に慣れて頂かなければならないでしょうに」
「考えなしな訳ではないが。しかし、そうだな。まずは、領地に慣れてもらう方が先か」
フェリクス様は少し不満そうにしながら納得したようだけど、私はいまいち腑に落ちない。公開処刑祭りは回避できたみたいだけど、領地になれるってどういう意味かしら。
ひとまず胸を撫で下ろした私を、フェリクス様が呼んだ。
「アリスリーナ、長旅で苦労はなかったか?」
「いいえ。はるばるお迎えいただきましたこと、感謝しております」
深々と頭を下げて謝意を示す私に、フェリクス様はうむと頷いた。そうして、おもむろに私へと手を伸ばした。
大きな手が私の指先に触れた。
まさか手を握られるなんて思っていなかった私は、驚いて弾かれるようにフェリクス様を見上げた。すると、陽射しを浴びてキラキラと輝いた金の瞳と視線が合った。
なんて綺麗なんだろう。宝石のような瞳が無邪気な笑みを浮かべて私を見ている。
あまりの美しさに飲み込まれ、どうしたらいいのか全く分からずに硬直してしまった私だけど、いつまでもそうしているわけにいかない。──震えそうになる声を、やっとの思いで絞り出した。
「……ヴィンセント辺境伯様、あ、あの……」
「フェリクスだ」
フェリクス様は眉間にシワを寄せた。さっきまで、夏の日差しのような眩しい笑顔だったのに、急に不機嫌な顔になってしまった。
その変化に胆が冷え、背筋がゾクリと震える。
綺麗な顔が不機嫌になると、ただただ怖いものなのだと知った。それに、騎士と見紛うばかりの背格好な彼に見下ろされていると気付いた。
とたんに足がすくんでしまう。
フェリクス様と私の身長差は30センチ近くあるわ。大人と子どもくらいの差よ。そんな大きな男性に見下ろされ、睨まれてるんだもの。これでは、まるで熊に睨まれた野うさぎよ。
私がだらだらと冷や汗を垂らしていると、ブライアンさんがフェリクス様を呼んだ。
「フェリクス様、そろそろ用意が整っているかと思います。お嬢様もお疲れでしょうから、場所をうつられてはいかがでしょうか」
「そうだな。──アリスリーナ。先ほども聞いたが、薔薇の花は好きか?」
「薔薇……あの、それは……」
突然の質問に、私はより混乱する。
場所を移動するのと薔薇に何の関係があるというのだろうか。
言葉に出来ない不安が胸をよぎる。
薔薇が嫌いな娘などこの世にいるのだろうか。物語のお姫様の髪を飾り、ドレスを彩る。私だって、いつかジュリアン様から愛を告げられて贈られるんだと思っていた。
まさか、その棘と共に胸へと刻まれることになるなんて、誰が想像できるだろうか。
私が言葉を濁らせていると、フェリクス様は「勘違いするな」といって歩き出す。
大きな手に引かれ、私は一歩踏み出した。
「その胸の薔薇を言っているのではない。庭を彩る薔薇を見るのは好きかと聞いている」
「……好きでございます」
「それは良かった。庭の薔薇が丁度見頃でな」
私の手を引き、ゆったりと歩くフェリクス様に案内され、たどり着いたのは屋敷の中庭だった。
堅牢で砦のような屋敷に囲まれた中庭は、薔薇の花が咲き乱れる美しい花園だった。
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