第6話 距離感がおかしいヴィンセント辺境伯様

 一ヶ月後、ヴィンセント辺境伯領に、私はいた。


 家から運び出したものは、数日分の着替えとお気に入りだったティーセット、読みかけの本くらい。罪人が着飾るなんておかしいからと、ドレスやアクセサリーなどは全てお母様に取り上げられた。


 そのことに不満なんてなかったし、当然のことだと思った。ヴィンセント辺境伯様だって、罪人が着飾って現れたら気分を悪くされるでしょう。


 保護されたといっても、その言葉は上辺だけのことだろうし。


 冷遇されたり、屋敷の外に出ることも許されずに軟禁されるかもしれない。でも、どんな扱いをされても文句の言えない立場だ。むしろ、陰湿な塔に押し込められて暮らした方が、迷惑をかけずに済むかもしれない。

 二度と魔力暴走なんて起こさないためにも、私は静かに生きていくしかないのだから。


 そう思っていたのに──


 馬車を降りたら拍手喝采で、ヴィンセント家の皆様に笑顔で歓迎された。

 何が起きたのか分からなかった。それでも、精一杯の淑女の挨拶を披露すると、大きな薔薇の花束が差し出された。


 花束を持っている長身の男性がフェリクス・ヴィンセント辺境伯様。三つ編みに結ばれた長い銀髪は、肩から前に下ろされ、日差しを浴びてキラキラと輝いている。

 身に纏う紺の礼服を彩る銀糸の刺繍は派手すぎず、とても品が良い。王都に住んでいる宮廷貴族はごてごてと飾り立てるのが好きだから、彼らから見たらとても地味に見えるかもしれない。けど、その立ち姿は彼らよりも洗練されていて美しく見えた。


 フェリクス様の姿に見とれていた私は、ハッとして、差し出された薔薇の花束を受け取った。だけど、想像していた出迎えとの違いに、頭は追い付いていない。


「あ、あの……これは、いったい……」

「薔薇は好きでなかったか?」


 堅牢な屋敷を背にしたフェリクス様は、眉間に少ししわを寄せる。私が慌てて首を振って、いいえと返せば、少し日に焼けた綺麗な顔を子どものように輝かせて喜びをあらわにした。


「……こんなに歓迎されるとは思っていませんでしたので」

「大切な客人の出迎えだ。当然のことだろう。祝砲を挙げてもいいくらいだ」

「しゅ、しゅくっ!? そ、そのような、私には不相応でございます」


 罪人に祝砲なんて聞いたことがない。

 あまりのことに驚いて声がひっくり返ってしまった。混乱と羞恥に目眩すら感じるわ。


 フェリクス様の後ろに立っていた執事だろう男性が「だからお止めしたのです」と呆れるように呟いた。それが聞こえていないのか、フェリクス様はにこにこ笑って私を見ている。


 気のせいかしら。何だか、距離感がおかしいわ。

 今にも私の両手を握りしめそうなほど近づかれ、微笑むことしか出来ない私は、内心顔をひきつらせた。


「アリスリーナ、謙遜することはないぞ」

「いいえ、謙遜とかではなく……」

「フェリクス様、近づきすぎですよ」


 私たちの真横に立たれた男性が、こほんっと咳払いをすると、フェリクス様はそうかと首を傾げつつ、少し距離をとってくださった。

 ほっと安堵すると、男性は無駄のない佇まいで挨拶をした。


「アリスリーナ様、ようこそヴィンセント家へ。執事のブライアン・リースと申します」

「リース様、どうぞよろしくお願いいたします」

「私のことはブライアントお呼びください。ちょっとズレた主が迷惑をおかけすることもあるかと思います。その様な時は、遠慮せずに私をお呼びください」

「ブライアン。ずいぶんな物言いだな?」

「フェリクス様がズレているのは事実でございます。そもそも、祝砲なんてあげたら、町の者たちが驚いて祭りと勘違いをしてしまいますよ」

「良いではないか。そうだ! いっそうのこと、アリスリーナの歓迎の祭りを開いてはどうだ?」


 どうだ妙案だろうと言わんばかりに、フェリクス様は満面の笑みだ。


 待って待って。祭りを開くなんて、とんでもない!

 町の人が驚くとか、そういうことじゃなくて。魔女の烙印を推された私が歓迎される訳ないでしょう!?

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