第5話 「出発は一週間後だ」

「……どういうことでしょうか?」

「ヴィンセント辺境伯は気を遣って下さったのだ。魔女の烙印を捺されたお前が、王都で生活するのは息がつまるだろうと」


 突然の話に、私は耳を疑った。

 ヴィンセント辺境伯家は、北の辺境地にある迷宮ダンジョンの管理を任されている名家だ。王都にはあまり訪れず、先代の夫人も社交界に姿を見せないで有名だ。

 そもそも、王都からヴィンセント辺境伯領まで、どんなに速い馬を走らせても十日はかかる。貴婦人を乗せた馬車での移動ともなれば、それ以上だから、来るのも一苦労だろうけど。


 距離があったことも、先代ヴィンセント辺境伯が王都に寄り付かなかった理由なのかもしれない。それだけならまだ良いのだけど──その全身には魔物と闘って負った傷が無数あり、風貌は悍ましかったと聞く。その風貌ゆえに、宮廷貴族から「魔物飼いならしている魔王」と噂されていた。

 だから、その「魔王」がある騒動で命を落とした時、宮廷貴族たちは祝杯をあげたと聞くけど。当時、幼かった私はあまりよくは知らない。


 だけど、人の死に祝杯をあげるって──私が死んだら、同じようになるのかしら。


 俯きながら、ジュリアン様とポーラが笑っている姿を思い浮かべ、胸の奥が苦しくなってゆく。


「お前も先代の話は知っているだろう。現当主はその嫡子だ」


 お父様の声にハッとして顔をあげる。その表情は緊張しているようだった。横に座っているお母様なんて顔面蒼白だわ。

 我が家も宮廷貴族になるから、あまり辺境の実態は知らないし、多分、お母様は野蛮だとすら思っているのだろう。

 本当なら、関わりたくない。二人の顔にそう書いてあるようだった。


「ヴィンセント辺境伯がどういう意図でお前を保護するといったかは分からない。あるいは、魔女となったお前をいいように使う気かもしれん」

「……お父様、私に選択肢があるのでございますか?」


 私の問いに、お父様は口を噤んだ。

 選択肢なんてないのだ。

 王都にいてはお父様の邪魔にしかならない。もしも、現ヴィンセント辺境伯が先代と同じように闘う日々を送り、私を魔女として扱き使うことになったとしたら……それこそ、お父様としては離縁の口実が出来て願ってもないことでしょう。

 

 そう。この屋敷に私の居場所はない。


 分かっていた筈なのに、お母様の表情をちらりと見て後悔する。それはまるで汚物を見るような眼差し。実の娘にも、そんな目を向けられるのですね。

 胸の中を隙間風が通り抜けたようだった。


「お前のこれまでの努力は分かっているつもりだ。ただ、感情のまま魔力を暴走させるのは、危険極まりないことでもある」

「はい、お父様……北の地で反省し、静かにすごします」

「出発は一週間後だ」


 お父様は、私に優しい言葉をかけることなく退室を促した。

 扉を静かに閉ざすと、お父様の執務室からはお母様のヒステリックな悲鳴が聞こえてきた。

 どうしてあの子は、どうしてレドモンド家から魔女が──責める言葉から逃げるように、私は自室へと駆けていった。


 魔王の住む辺境の地に行くことよりも、両親の冷たい態度の方が心に昏い影を落としていた。

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