第4話 「お前にはガッカリだ」

 私の鎖骨下、左胸の上辺りに、薔薇といばらを模した印──魔女の烙印が捺された。


 婚約者の裏切りを訴えても信じてもらえなかった。全ての罪を被った私は、ジュリアン様の立場に負けたともいえる。それくらい、宰相のご子息という立場は揺るがないものだった。

 

 私の訴えを父は信じてくださった。いいえ、信じたというよりも……は些細なことだと、お叱りを受けた。

 例えジュリアン様が外に恋人や愛人を作ったとしても、私はそれを赦せる淑女でならなければならなかったと。


「お前にはガッカリだ」


 お父様の冷たい言葉と、お母様の涙で汚れた顔を見て、私に出来るのは諦めることだけだと悟った。


「ああ、どうしてこんなことに……何のために貴女を産み、育ててきたと思っているの?」


 全ては家格のため。家の存続のため。

 幼い頃から厳しかった母の眼差しが苦手だった私は、肩を強張らせて俯くしか出来ない。


 魔女の烙印を捺された令嬢に、新たな婚姻の申し入れなどくるわけがない。学院に戻ることも出来ない。もう、私は命を絶つしか道はないのかも。──思い詰めて震える手を握りしめると、お父様が低い声でと言った。


「今まで学院で品行方正であったことは、誰もが認めるところだ。烙印を捺したことに異を唱える者も少なくないそうだ」


 意外な言葉に驚いて顔をあげると、厳しい表情のお父様と目があった。


 胸が苦しい。

 誰も私の言葉など信じてくれないと思っていた。もう、学院には味方がいないのだと。

 目頭が熱くなり、鼻の奥がツンとする。


「その者たちの中には、ヴェスパー家との関係が上手くいっていない者もいる」

「……どういうことでしょうか?」

「お前のことを口実にしたいのだろう。もしも、お前が命を絶つようなことがあれば、それを理由に争いが生じる」


 ヴェスパー家を陥れたい貴族たちが、争いを起こす理由を探している。それは、今に始まったことではない。宰相という立場になれば、敵だって多いのも当然だろう。


 つまり、私の言葉を信じたかどうかなんて関係ない。争いの種がほしいだけの人たちがいるということ。

 一瞬の喜びが冷えていく。


「……私は、自ら命を絶つことも赦されないということですか?」

「そうだ」


 烙印を捺された貴族令嬢なんて、嫁の貰い手どころか社交界に出ることもない。地方に領地を持っていたなら、田舎でひっそり暮らせば、あるいはセカンドライフが待っていたかもしれない。だけど、我が家は宮廷貴族だ。逃げ場なんてない。


 ひたすら国のため淑女教育に耐えてきたというのに。婚約破棄されただけでなく、これからも惨めな姿を晒し続けて耐える人生ってことね。


 お母様の視線が突き刺さる。

 汚らわしいものを見るような、痛烈な視線を受け止めきれず、私は再び俯いて唇を噛み締めた。


 分かってる。これ以上、中央を騒がせるわけにはいかないのも、お父様の立場が悪くなる一方だってことも。

 逃げ場なんてない。

 風切り羽を千切られた小鳥のように鳥カゴで息をひそめ、静かに生きるしかない。


「お父様、私はこのままお屋敷で暮らして良いのでしょうか?」


 どこにも行く場所がないのは分かっている。分かっているけど、お母様の眼差しに耐えられない。

 私がすがるように尋ねると、お父様は小さくため息をついた。


「お前のことは、北のヴィンセント辺境伯が保護してくださることになった」

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