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 この屋敷に来て何日経っただろうか。


 相変わらず夜はエリエルの部屋に戻り、一緒に食事を摂った後は報告書を提出してゲームに精を出している。

 トランプ、ポーカー、ビリヤード……昨日はオセロだったのだが、何回やっても私の負けが覆ることはなかった。

 私が白、エリエルが黒。

 最終局面、なぜか毎回角に一枚ずつ黒が残って、他は真っ白。どういうこと?


 そこまで弱くなかったつもりだが、きっとエリエルは私が汗水垂らして働いている間に作戦を練っていたのだろう。なんとも優雅な時間の使い方だ。




「では午前は暖炉の掃除と石炭の補充をよろしくお願いします。

 それから本日より使用人用の厨房が以前のように使えろうようになりました。

 長らくご協力いただきありがとうございます」



「はー。やっと自分の好きなもの作れるー。なんだったんだろうねー」

「さあ……なんだったんでしょう」


 朝礼でポプリさんが目をこすりながら、小声で私に話しかけてきた。


 言えない、言えるもんか……!

 家主の私情で占拠していたなんて、口が裂けても言えない!






 この数日間で、大きく変わったことがいくつかある。


 まず、私の仕事量だ。

 以前は殺す気か、と思えるほどの仕事量だった。しかしある日突然、ロバート執事長に呼び止められたのだ。


「クローリア、少し宜しいですか」

「はい」


 今日はどんな重労働が待っているのだろうと、待ち構えていたのだが予想外の方向から声をかけられて少し声がひっくり返った。


「今日からポプリについて仕事を教わってください」

「はい……はい?」

「ポプリ、よろしくお願いします」

「へー?」


 では、といって颯爽を去っていくロバート執事長の背中を追いかけることもできず、私達は固まった。

 なに……ポプリさんの仕事を教えてもらうって、使用人としてってこと?


「えーっとー……クローリア、あんたなんかしたのー?」

「や、なにも……なんでですか? 今日こそ屋根に登って煙突の中を掃除しろって言われるかと思っていたんですけど」

「汚れていたからねー、お願いしようと思ってたんだけどー」


 ロバート執事長のお言葉は周りの先輩方にも聞こえていたらしく、どよめきが水に広がる波紋のように広がる。


「んー、でもあの人の言うことは絶対だしなー、しょうがないかー」

「よろしくお願いします……?」

「ビシバシしごいて……も、あんたの場合響かなさそうだねー」




 こうして私の優遇がよくなったのだ。

 ロバート執事長の後ろにいる黒幕は、おそらくエリエルだろう。




 その晩はいつもより早く彼の部屋に帰ることができた。


 そして町で発売されたばかりだというボードゲームを抱えてエリエルは私に駆け寄ってきたのだ。


「よかったね、これからは早く帰れるんでしょ? これでたくさん遊べるね」

「まさかロバート執事長に私と接触したって言ったの?」

「ううん、あんたを泳がせてファブラードの尻尾を掴もうっていう作戦。だから早く遊ぼ。その前にお腹空いた」

「自由か」

「部屋の隣、そこも工事が終わった。今日から使えるよ。これでわざわざ遠い厨房まで行かなくて済む」

「結局なんの工事だったの?」

「俺たち専用の厨房を作った」


 この時ばかりは頭が痛くなった。

 そんな思いつきで厨房を増やすか? 一体いくらかかったんだ⁉︎


「ここだったら人も寄ってこないし、俺たちだけの自由な場所だよ。何も気兼ねなく使えるでしょ」

「違う……なんか違う……」

「調理器具も揃ってるんだ。少しは時短になるかなって思って」

「時短していっぱい遊ぼうってこと?」

「うん」

「私情‼︎」


 一重にこの屋敷の持ち主だから許されるんだからな‼︎


 金持ちの金銭感覚がわからなくて、その日は寝込んだ。




 働かせてもらっている身としましてはね、非常にありがたいですよ。

 皆で協力して仕事を成し遂げて、時間になった休憩がしっかり取れて定時になったら上がれる。

 しかもわずかにだけど、ポプリさん以外の人もたまーに話しかけてきてくれる。ほとんど業務連絡だけど。


「クローリア、少しいいですか」


 いつも通りポプリさんの後ろをついていこうとすると、ロバート執事長に声をかけられた。


「はい、何か御用でしょうか?」

「あなたに少し頼みごとが。


 明日から街に出かけて御遣いをお願いしたいのです」

「御遣い、ですか」


 初めてのイベントである。


 後ろで私を待っていてくれるポプリさんから「あー……今回はクローリアかー……」と、聞こえてくる。

 なにがですか⁉


「何も難しいことは……まあ難しいかもしれません。

 アンバーグリスを少々手に入れてきて欲しいのです」

 竜涎香、といった方が伝わりますか?」

「ああ! 竜涎香ですね!

 かしこまりました、竜涎香……




 竜涎香……⁉」

「宿はこちらで手配します。滅多に会えない代物ですので、巡り合うのに少々時間がかかるでしょう。

 まだ使い切ってはいないので多少の余裕はありますが、如何せんいつ手に入るかわからない。

 そこであなたにお願いしたいのです」


 なるほど、入ってまだ日が浅いから仕事の責任も少ない。

 例え師と後に穴が開いたとしても、そこまで支障が出ない私をチョイスしたってわけか。


 でも問題がある。

 それはそれはとても大きな問題がいくつも‼


「頼みましたよ、これがいつも贔屓にしている店の地図です」

「しょ、うちしました……」


 断れるなんて出来るものか。


 後ろから「どんまーい」とヤジが飛んできたのを、後頭部で受け止めた。

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