25



 などと話し込んでしまったので、時間はあっという間に無くなってしまった。

 あと少しで仕事に戻らなくてはいけないので、手の込んだ料理は作れない。


 そこで役に立ったのが、ポプリさんから譲り受けた白いパンだった。


「うっま! なにこのパン!」

「うん、美味しいね」

「ふわっふわで……‼ 歯がいらない……!」

「歯はいるでしょ」


 栄養ごまかしのために、適当に見繕った野菜を挟んだだけというのにこのご馳走感。

 やりおる……。


「今日は早めに仕事終わらせてね」

「無理じゃない? 仕事量多いし」

「……そんなに仕事量多い?」

「一回全部体験させてあげたいくらいにはしんどい」

「遠慮しとく」

「まあエリエルみたいに細い体の人間があんな仕事したら、ポキッと折れちゃいそうだし。適材適所ってね」

「…………」


 さ、さっさと食べて仕事だ仕事。


「……別に、俺だって普通に動けるし」

「なんだって?」

「別に」


 エリエルが何が小さく呟いていたけど、レタスのパリッとした音にかき消されて聞こえなかった。

 どんだけ小さいんだ。


「あ、今日から俺の部屋の隣、少し工事するから。帰ってくる時足元に気をつけてね」

「? わかった」


 やっとパンを食べ終わった彼の皿を回収すると、使用人用の厨房を出た。




 ******




「今から玉ねぎのみじん切りと牡蠣を剥いて下処理な」

「はい」


 早速泣きそうだ。まだ玉ねぎを切っていないのに泣きそうだ。


 初日から私にかったいパンをくれたそばかす青年が、私を小屋の奥に連れて行く。

 今日も地味にしんどい仕事だ、エリエルのお願いはやはり聞いてあげられないだろう、なんせ屋敷の仕事が優先……あれ、私なにしにここにいるんだっけ。


「玉ねぎはここな」

「(山じゃん……)承知いたしました」

「牡蠣の処理は厨房にいけばよろしいですか?」

「あー……ああ……そうだな、また俺に声かけてくれ……」


 どこか歯切れの悪い回答をする青年に頭を下げると、木箱に腰をおろした。

 まずは皮むきから始めようじゃないか。


「…………」


 作業を開始するも、後ろの気配は消えない。

 え、見張りつき? 気まずいんですけど?


 目をギリギリ横に向け、首も最小限後ろに回す。うん、いるわ。


「……いかがなされましたか? ここは私一人で十分かと」

「……お前さ、今日の昼メシはどうしたんだよ」


 玉ねげの皮を剥く手が、一瞬止まった。


 そ、そんな一瞬で答えられない質問をしまいでよ……!


「あ、っと、午前中にポプリさんからパンをいただいたので、痛む前にと思ってそちらをいただきました」


 間違っていない。と、思った辺りで後悔した。


 この屋敷の人間のほとんどが、私を敵視している。

 きっと目の前の青年も、例外じゃないだろう。


 そんな四面楚歌の中、排除しようとしているエネミーに施しを与えたとわかったらまずいのではなかろうか。


 ようやくそこまでの考えに至り、冷や汗がドッと吹き出す。


「や! 違うんです! あれは私がお腹空かせているだろうという彼女に優しさで‼︎

 ポプリさんはこの屋敷で死人を出したくなかったんだと思います‼︎」

「俺らは腹空かしてる奴を餓死させようなんて、極悪非道な考えは持っちゃいねェよ」


 ん。 と、何かが差し出された。


「……お菓子?」

「べ、別にお前のために作ったとかそんなんじゃないからな‼︎」

「え」


 半ば押し付けるように私へお菓子を渡すと、数歩後ろに下がった。


「……お前がファブラードの手先なのは変わらねェ。

 でもこの屋敷の仕事をちゃんとするんなら、最低限食う権利はある」


 受け取った袋からは、バターの濃厚な香りが立ち込めている。

 おっと、涎が。


 お菓子と青年を交互に見返すと、ギッと睨まれた。


「か、勘違いするなよ! 食い物はやるけど、お前がエリエル様に接触しようとする限り俺らの敵だからな‼︎」

「(言っちゃったよ)」

「いくらお前の仕事が早くて丁寧で出来が良くても、そこは変わらないからな、勘違いするなよ‼︎」


 念押しと言わんばかりに青年はベーッ! と舌を出して、走り去ってしまった。






「……褒められた?」



 持たされたお菓子は、まだほんのり暖かかった。









「みーちゃったぁー」

「うおっ⁉︎」


 厨房のそばかす青年こと、リック。

 彼がクローリアにお菓子を渡して廊下に出ると、入り口にピンクのおさげをぶら下げたポプリがニヤけながら立っていた。


「な、なんだよ、持ち場に戻れよ」

「んー、なんか挙動不審だなーって思ってたんだー。

 尾けてみたら……そういうことねー」


 バツが悪そうに視線をそらすと、リックは苦々しく口を開いた。


「お前だってあいつにパンやったらしいじゃん」

「そりゃこの屋敷から死人を出すわけにはいかないでしょー」

「俺だって同じだ」

「ふーん」


 ポプリは廊下から作業に勤しんでいるであろうクローリアの方向を見ながら、口を尖らせた。


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