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「(やばい、ちょっと時間過ぎちゃった……!)」


 決して長いとは言えない昼休憩。

 屋敷の外は思っていたより広く、移動時間を舐めていた。


 食べる時間だけでなく、これから作らなければならない。

 こんな時のために、あらかじめエリエルから教えてもらっていた近道をチョイス。今だけ感謝しよう。


「(音を立てないように……って誰かいるし……!)」


 こんな時に限って!


 エリエルから教えてもらった近道は、なんと厨房の裏を通るのだ。

 時間帯的に全員厨房の中で作業しているものだと思っていた、油断した!


 タルの裏に隠れ、ソッと様子を伺う。


「……結局昨晩も何も口にされていないのですか?」

「ええ、せっかくサンドイッチを用意していただきましたが、手付かずで……」


 この声は……。


 コソッとタルから顔を出す。

 ああ、やっぱりそうだ。


「(ロバート執事長と料理長‼︎)」


 よりにもよって長と名のつく現場の監督達が、目と鼻の先で何やら会議をしていた。


 これ私が聞いていいのかな?

 いや、多分ダメだ。今すぐ迂回すべき……でもファブラード侯爵の手先としては聞くべき、あ、でももうエリエルに巻き込まれたから……わかんなくなっちゃった。





「本日のブランチも必要ないと聞いております。何も食べないのは流石に……。どこか体調でも悪いのでしょうか」

「昨晩お顔を拝見しましたが、特に変わった様子はありませんでした。

 今夜も念の為様子を見てきます。部屋に届けますので、何か消化にいいものを用意していただけますか」

「もちろんです。果物も用意しましょう」


 ははあ、エリエルのことだな。

 昨晩は私と一緒に食事をしたから、料理長のご飯を断ったんだ。普通に勿体無いな。


「(そういえば昨日の夜からクローシュが被せてあったお盆があったな……まさか……!)」


 あの引き篭もり……! サンドイッチを残したのか……⁉︎


 怒りに戦慄く私をよそに、ロバート執事長と料理長の会話はどんどん進んでいく。


「それから後ほど使用人専用の厨房に食材の補充をお願いします」

「ああ、定期的には行っていますが、後でリックに行かせましょう。もうそんなに食材が減っていましたか?」

「……エリエル様からです」

「……」


 沈黙が痛い。


「(あああああああああの男はロバート執事長になんて言ったんだああああああ)」


 冷や汗が止まらない。


 ロバート執事長がいつあのサンドイッチを置きにきたか知らないけど、食事をいらないと言う旨は伝わっているのか。

 そしてこれから私がエリエルの部屋で私が寝泊まりするにあたって、一つ重大な問題が出てきた。


「(ロバート執事長と鉢合わせたらどうするの……?)」


 下手すればお縄につくぞ。


「まさかエリエル様が自炊を……? い、いやしかしあの方は今まで一度も包丁を握ったこともありませんぞ……」

「ま、まあまあ、ロバート執事長、落ち着いてください……勤勉なエリエル様のことです、もしかすると昔の文献に気になる料理があって再現しているのかも……しれませんよ……」

「は、はは……。


 接近禁止時間が終了次第、火の確認は徹底することにしましょう」


 ロバート執事長に新たな仕事が追加されたようだ。


 二人はなんとも言えない表情を浮かべたまま、厨房に繋がるであろう扉の向こうに消えていった。




 ******




「エーリーエールー……‼︎」

「あ、遅かったね」


 約束の厨房に来るまで、そう難しいことはなかった。

 あの裏道からエリエルの部屋まで、エリエルの部屋からこの厨房まで。

 接近禁止命令のおかげで人の気配もなかったし、この屋敷の人たちは私がポプリさんからキツく釘を刺されていることを知っている。


 まさかここに来るとは思っていないだろう。


「今日はデザートにパインボート作って」

「任せな……じゃなくてねぇ⁉︎」

「お昼はパスタがいいな」

「言いたいことは沢山あるけど‼︎ サンドイッチを残したって本当⁉︎」

「? ……昨日ロバートが持ってきた夜食のこと?」

「それ‼︎」


 心当たりあるんかい!


 息の上がった自分を落ち着かせるため、コップに水を入れる。

 一気に飲み干すと、体が喜んでいるのがよくわかる。


「なんで残すの! 料理長やロバート執事長がせっかくエリエルのことを考えて用意したのに!」

「だってお腹いっぱいだったから」

「じゃあ朝早く起きて食べなよ!」

「だって朝は寝てるし」

「こいっつは……‼︎」


 いかん、熱くなってはいけない。


 人の怒りは六秒。それだけ黙れば怒りの感情が収まるらしい。

 はい、一、二、さ「ボロネーゼがいい。はい、お肉」もおおおお……。



「エリエル君、少し座りなさい」

「なに、お腹空いてるんだけど」


 こやつは甘やかされて育ったボンボン、食育だって私に比べたらザルだ。


 けど、言うべきことはハッキリと言うべき。


「エリエル、食べ物を残すことは良くないことだよ」

「……急になんなの」

「サンドイッチ一つだって物凄く沢山の人の手が加わっている」


 少し、真剣な目でエリエルを見据えた。

 机の上に投げ出された白い手に、焼けた小麦色の手を重ねる。


「食材を作る人……野菜を作ってくれている農家の人達や、麦を育てている人卵やお肉を作ってくれてる人、魚をとってきてくれる人。土から作って野菜や麦が実るまで、そして動物たちの体調を管理するのも途方のない時間を、色んな人達かけていてくれている。

 その食材は農家の人から市場の人を渡って、ようやく街にやってくるの。重たい荷物を運んで、私たちのところまでようやく届くんだよ」


 急に語り始めた私に、エリエルが推し黙った。


「この食材達が屋敷に届いてからも。ものすごく手間がかかっている。

 丁寧に洗って下拵えして、どの食材とどの食材が合ってどんな調味料を使って味付けしてって、料理長や沢山の人が悩んだ。

 それに、なんでサンドイッチだったかわかる?」

「知らない……」

「皆、エリエルが本を好きって知っているからだよ。

 きっと部屋で本を読んでいるだろうから、片手間に食べられるようにメニューをちゃんと考えてくれてるの。

 料理っていうのは、そういう想いも込められているんだよ」


 ふう、とようやく一つため息をつくことができた。


 少しでも伝わったらいいな。


「だから夜食がいらないならロバート執事長にちゃんと言って、断ろう。

 それでも持ってきたら、私も手伝うから一緒に食べよう」

「……でも、ロバートは何を言っても持ってくるよ」


 おや、私の説教がだいぶ効いたようだ。

 パインボートを強請っていた時ほどの勢いがなくなって、怒られた幼子のようにしょげている。


「料理長も心配してたからなあ……。

 月並みの理由じゃ断れないかも……そうなったら夕食を減らすか……」

「じゃあ昔の文献に気になる料理があったらから再現してるっていうのはどう?」

「……信頼って積み重ねだよね」

「よくわかんないけど、今俺のことバカにしたよね」


 使用人専用の厨房を見回るロバート執事長の姿がありありと目に浮かんだ。

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困窮令嬢、引き籠り公爵子息を引きずり出すバイトを始めました 石岡 玉煌 @isok0

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