22


 本日もカンカン照りの良い天気。


 私は手ぬぐいを被り、ブラシを持って屋敷の外に居た。今日も今日とてお仕事なのである。

 持ち場に向かいながら、つい先ほど行われていた朝礼を反芻してみる。




「おはようございます。

 今日は一つ新しい注意事項が出来たので皆さんに共有します」


 おや、私が来て初めてのことだ。

 こんなことは滅多にないらしく、ポプリさんを筆頭に少々ざわついている。


「今までこの屋敷の出入り禁止区はエリエル様の部屋付近と夜の中庭だけでしたが、本日より昼食の時間帯は使用人専用の厨房も出入り禁止となります」


 ザワッ……と辺りがどよめいた。


 わかる。

 私も正規の使用人だったら同じようにどよめいたと思う。

 だって使用人専用なのに入っちゃダメってどういうことよ。好きな物好きなだけ作りたいって人に取ったら迷惑でしかない。


 まあその犯人の片棒を担いでいる立場なので、黙ってやり過ごすしかないんだけど。


「出入り禁止はほんの数日程度の予定です。

 入れるようになったら改めてアナウンスするので、それまで協力願います」

「(数日?)」


 それもエリエルの意図なのだろう。

 だとすると、私の出番は数回で終わるのか。じゃあ夕食は?


 グルグルと疑問が残るが、今ここで解決するはずもなく。

 ロバート執事長の朝礼が終わると、いつものように解散するのであった。




 そして今。




「今日もハードだぜ……」


 さあ、元気に配水管掃除をやろうじゃないか。


 雨ざらしになっている配管はとても痛みやすい。

 ということで、点検しつつ掃除しろとのことだった。……専門業者呼んだ方が絶対いいと思う。


「っていうか全然痛んでないし」


 流石エバンスドール家、細部に行き渡るメンテナンスも怠りませんってか。

 小さなブラシに持ち変えると、細かな掃除をすることに。


 風で砂埃が舞っているので、点検と言うよりこっちがメインだ。


 ふん、数多の現場を乗り越えてきたこのクローリア・ヴァンクス。

 これしきの汚れでめげるもんか!


「(久しぶりにグッスリ眠れたし、ちょっと疲れ取れたから体が軽いな)」


 そう、私は昨日ポプリさんと別れた後に部屋の荷物をまとめ直してエリエルの部屋に引っ越しした。

 道中ロバートさんが見えたときは、デイヴィスの遊び相手で鍛えたかくれんぼスキルが役に立った。ちびるかと思った。




 ******




「ちゃんと迷わず来れた?」

「来れたけど、ロバート執事長にエンカウントして急に始まったかくれんぼに寿命三十分縮んだ……」

「あ、俺が呼んだから」


 お前か。


 歯ぎしりするも、エリエルは私の荷物を受け取ると大きな扉を開けてくれた。

 ってか扉一枚にしても装飾が半端ない。


「荷物これだけ?」

「着替えだけしか持ってきてないし、基本泊まりの仕事セットはこれだけだよ」

「ふうん」


 興味うっす。

 開かれた部屋に恐る恐る足を踏み入れると、びっくり仰天。


「な、なにこの部屋……」

「俺の部屋」

「わかってるけど!」


 私が驚くのも当然。

 エリエルの部屋は広いなんてもんじゃない、奥行きがわからない。


 いくつあるのかパッと見わからないほどの本棚、謎の機械、そして数多のボードゲーム。

 全体的に薄暗く、どこか怪しげな空気が漂っている。


「この本、全部エリエルの所有物?」

「うん、ここにあるのは一部。入りきらないから隣の部屋にもあるよ」

「街の図書館か」


 一部、ということはこれよりまだ本があるというのか。街の図書館より本を所有しているのでは?


 彼が部屋に引き籠もって何をしているのか、ようやくわかった。本の虫になっていたということか。


「はい、これがあんたの箪笥。好きに使って良いよ」

「こんな大きいの⁉ もっと小さな籠とかでいいんだけど……」

「これから荷物増えてくでしょ。今すぐ空けられるのはここしかなかったけど、また新しく用意するから」

「荷物は増えないでしょ」

「増えるよ」


 はい、といって空けられた引き出し。

 凄いやこの箪笥、宝石がついてる。この把手は金じゃありませんよね? ね? ね⁉


 着替える服を残して、予備の服を仕舞わせて貰うと引き出しはエリエルの手によって閉じられた。


「はいお引っ越し完了。これからよろしくね」

「はあ……」

「バスルームはそっち扉から。あそこで着替えてきて」

「はあ……」

「早くしてね。やりたいこと沢山あるんだから」


 エリエルの後ろにはボードゲームが積み上げられている。

 早速遊ぶ気だろうが、私にはやるべきことがまだ残っている。


「待って! 先にファブラード侯爵へ報告書書かないと!」

「あー……」

「あからさまに面倒くさそうな空気出さないでよ」


 そもそもあんたが代筆するって言い出したんでしょうが!


 ほれ、と手紙を渡すと渋々受け取ってくれた。


「私が着替えるのはその手紙を遣いの人に渡してから。ほら、早く書いて!」

「これ書いたら遊んでくれる?」

「寝る」

「やだ、遊んで」

「やだ、眠い」


 どんなやり取りだ。


 嫌々机に向かう彼を見張るように、近くにある椅子へ座った。わあ、フカフカ。やっぱり立っておこう。


「……出来た」

「早すぎる! ちゃんと書いたの⁉」

「書いたよ」


 はい、と手渡された手紙。

 中身を確認したかったが、残念なことに既に封蝋されている。


「……じゃあ行ってくるけど、大丈夫だよね? 変なこと書いてないよね?」

「特に変化無しって書いておいた。だって潜入してまだ二日目でしょ? なにか動きあった方が可笑しいよ」

「なるほど……?」


 そう言われてみれば、そうかもしれない……な?

 今まで沢山の刺客を送り込み、ことごとく失敗している。そんな中短期間で動きがあっては確かに違和感だ。


「これがここから裏口への近道。落とさないようにね」

「ありがとう」

「……早く帰ってきてね、クローリア」




 あれ、私の名前まだ教えてなかった気がするけど。


 後ろ振り返ったが、扉が閉まった直後でエリエルの姿は見えなくなっていた。





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