21
人気の感じない廊下を、静かに歩く。
私はこれから荷物をまとめて、エリエルの部屋に移動するのだ。
ここにやってきて早二日。激動過ぎるんだが。
「(ダメだ……脳みそが疲れている……丸一日ゆっくり休みたい……)」
明日になったら知恵熱が出るんじゃないだろうか。
それよりもエリエルに今まで働いてきた狼藉……処刑ものである。
彼の性格はまだよくわかっていないけど大して気にしていなさそうだし、このままでいいのかも……?
うーんと唸りながら薄暗い廊下を進む。
ふと思い出すのは、蝋燭の光に揺らめく紫水晶の綺麗な瞳。
〝二人だけの秘密〟
ブワッと顔が熱くなった。
「(あ、あんな悪趣味引き籠もりワカメなんて……‼)」
忘れろクローリア‼ これはあれだ、ちょっと人と話せて嬉しかっただけだ!
あの厨房から私の部屋までそう遠くないらしく、ほんの数分で部屋の近くまでやって来た。
ポケットの中にはエリエルから貰った、彼の自室までの地図が眠っている。
「(ファブラード侯爵……うん、段々腹立ってきた)」
エリエルの言う通り。なんで私達がこんな理不尽な目に遭わなきゃいけないのだ。
沸々と込み上がる怒りを抑えるが、どうも歩き方は勇ましくなってしまう。
曲がり角に差し掛かったときだった。
「っキャ!」
「うわっ⁉」
誰かにぶつかった。
ボーッと歩いていたため受け身が取れず、後ろに倒れ込む。
「いたたー……あ、こんなところにいたー」
「す、すみま……ゲェッ‼」
「そんな悲鳴上げないでよー」
私より一足先に立ち上がったのは、なんとポプリさんだった。
よりにもよってこんなところで会うなんて……!
「すいません、大丈夫ですか⁉」
「平気ー。あんたはー?」
「頑丈と健康が取り柄ですので‼」
差し出された手を借りて、慌てて立ち上がった。
「こ、こんなところでどうかされたんですか?」
「んー、あんたを探してたのー」
ヒュッと喉が鳴る。
まさか、仕事の追加⁉ この疲労感を与えてくれた原因の一部登場に、思わず身構えた。
夜勤の人を除くと、大概の人が仕事を終わらせている。
今から何かやれと言われたら、多分泣く。
「……あんたが歩いてきた道、部屋とは逆でしょー」
「えっと、部屋の掃除をするのに道具を借りてて……返してきたところで……」
「ふーん……」
な、なに、この質問。
「晩ご飯、食べに来なかったみたいだけどー」
「疲れ過ぎてお腹が減っていないので、今日はいいかなーって思いまして……」
あの厨房を出るとき、消臭はしてきたから大丈夫、なはずだ。
なんでよりによってバター焼きなんてしたかな……エリエルのリクエストだ。
ポプリさんは持っていたであろう茶色い小袋を拾うと、埃を払い落とした。
よし、今だ。
「「あのさー、」申し訳ございません! 本日は自室の片付けがあるので失礼します!」あー……」
万が一仕事を押しつけられて手を付けたとしても、ミスする自信しかない。
私は深く頭を上げると足早にポプリさんの横を通り過ぎた。
あの茶色い袋、なんだったんだろう。
「おや、ポプリ。こんなところでどうしましたか?」
「ロバート執事長ー……」
クローリアが去った後、残されたポプリは茶色の小包を持ったまま小さくなっていく背中を見送っていた。
その後ろから現れたのは、モノクルをかけた初老の男性、ロバート。
「……掃除庫の鍵をかけたかどうか心配になったのでー」
「最終確認ですか。ご苦労様です」
手に持っていた袋を背中に隠した。
「ロバート執事長はどうなさったんですかー?」
「つい先ほどエリエル様に呼ばれましたので、今から向かうところです」
「なんか昨日から食事に一切手を付けていないって聞きましたよー」
「ええ、なので夜食にと思って今し方サンドイッチを用意させたところです」
彼の手には銀色のクローシュが被されたお盆があった。
中には様々な具材が挟まった豪華なサンドイッチがあるのだろう。
「元々小食な方ですが、如何せん連日で食事抜きというのは目に余ります。
なんとしても召し上がって頂かなければ……」
「厨房のリックも心配していましたよー」
「もし体調が悪いようなら医者を呼ばなければいけません。
食事を抜くことは体に悪い。
……そういえば、あのクローリアも昨日と今日夕食を取っていないと聞きましたが」
ロバートのモノクルが光った。
クローリアの名を口にすると、今まで纏っていた空気か穏やかなものからピン、と張り詰める。
「そうなんですよー。あんなハードな仕事しといてよくやりますよねー。
さっきもちょっと話したんですけど、疲れてお腹空かないとかー」
「メリーや料理長からも聞いていますが、あの無茶振りな仕事を一人でこなしているとか」
「はいー。文句の付け所もありませんでしたー」
「……はあ……」
ロバートに眉間に皺が寄った。
その深さは相当深い。
「……一応、ファブラード侯爵からクローリアの履歴書は貰っているんです」
「え、そうなんですかー?」
「はい。経歴書には書ききれないくらい、今まで沢山の職業を経験してきたみたいです。
メジャーな仕事から裏方まで、幅広く手がけてきたようです。
もしファブラード侯爵の手先でなかったら仲間として歓迎していたのですが、非常に残念です」
「わかりますー。遠目から見てましたけどー、腕が六本に見えましたもんー」
「それはそれで気になりますがね」
その年で一体いくつの修羅場を潜り抜けてその技を身につけたというのか。
もし自分が面接官であればその背景を聞くきっかけがあったのだろうが、その機会は訪れることはないだろう。
ロバートはモノクルの位置を直した。
「とりあえず私はエリエル様の元へ参ります。
ポプリ、あなたも早めに部屋に上がるように。……クローリアには倒れない程度の食事を取るように言っておきなさい」
「承知致しましたー」
ポプリの持っている紙袋が、カサリと音を立てた。
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