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「じゃあ早く荷物まとめておいで」

「まだ承諾してないから‼」

「じゃあおまけで枇杷あげる」

「雑ッ‼」


 あ、でもいい枇杷だ、美味しそう。


「何がそんなに嫌なの?

 俺を味方に引き込んだらファブラードにもいい報告が出来る、家族だって救われる。いいことだらけだよ」

「でも私がファブラード侯爵にエリエルのことを言ってもいいの? そしたら今度は全裸の美女が五百人サンバぶちかましてくるかもよ?」

「あ、最後の条件まだ言ってなかった」


 そう言って手に持っていた枇杷をむき始めたエリエル。結局自分で食べるんかい。


「これは絶対。俺達のことはファブラードに言ったらダメ」

「………………は」


 それは……どう考えたって無理だろう……。報告するためにここへ侵入した、それはエリエルが一番わかっているはずなのに。


「今日のことはさっぱり忘れる。次会ったときはその御身、必ず太陽の下にさらけ出す」

「俺バンパイアとかじゃないから。

 あんたがファブラードに嘘を吐けって言ってるんじゃない。どうせ毎晩報告書出せとか言われてるんでしょ?

 それを俺が書く」

「えー……」

「なにも変なことは書かない。けど悪いようにはしないよ。

 俺が出した三つの要求を飲んでくれたらあんたの家族だって守ってあげるし、報酬金だってファブラードの五倍払う。なんなら事が落ち着いたらあんたをこの屋敷の使用人として正式に雇ってあげるよ、契約書を後で持ってこようか。

 人間関係が気になるんなら、俺専用のメイドになって」


 そこまでして遊び相手が欲しいのか? あとバーボフカ、か。

 私がここで頷けば、家族の安全が保証されるのだ。ファブラード侯爵がどこまで本気かわからないけれど、私に脅しをかけてきた時点で信用は地に落ちている。


「俺もいい加減ファブラードには懲り懲りなんだ」

「んむっ⁉」


 唇に冷たい何かが押し当てられた。この薫り、さっきの枇杷か。

 剥いていたのはエリエルの口に入れるためでなく、私に食べさせるためらしい。


「年月が経つにつれてファブラードの動きも大胆になってきている。俺の結婚適齢期に焦ってきてるんだろうね。

 それにイライラさせられるのも、いい加減飽きてきたんだ」

「だ、だから私を使ってファブラード侯爵への糸口を掴むつもり?」

「そ。あんたには二重スパイになって欲しいってコト」


 ちょっと、格好いいじゃないか。

 エリエルがどんな報告書を偽造するかは知らないけど、自分の不利にならないよう、そしてファブラード侯爵が喜ぶよう動くのなら私達の命も安全だ。


「ねえ、あんたは悔しくないの?」

「な、なにが」


 枇杷を咀嚼すると、甘くて爽やかな香りが口いっぱいに広がった。


「家族を養うために頑張って働いているのに、足下掬われたんだよ。

 あんたは何も悪いことをしていない、なのになんで家族を人質に取られてこんな過酷な環境に放り込まれなきゃいけないの?

 逃げ道にだって絶たれて、常に賠償金と隣り合わせ。仮にあんた一人の力で俺を外に引きずり出したとして報酬が支払われるかどうかもあやしい。

 バイトにしてもあんたの精神的負担や報酬に見合わないと思うけど。報酬だって支払いがあったとしても絶対に難癖付けて半額以下にされるよ。

 こんな理不尽な目にあって、我慢できるの?」


 やりかねない。


 安易に想像できてしまい、何も言い返せなかった。

 もし報酬が支払われるとき、再び家族を使って脅されるようなら私は迷わず頭を縦に振る。なんなら報酬がなかったとしても安全を取ってそのまま何も言わず去るだろう。


 そこまでして、私は家族を失うことを恐れている。


「ね? 悔しいでしょ?」

「悔しい、というより関わりたくない……」

「じゃあ尚更俺の方に着いた方がいいよ。一緒にファブラードへ一泡吹かせてやろうよ」


 残っていた枇杷がグッと唇に押しつけられる。

 甘くて爽やかな香りが、口に広がる。


 エリエルの前髪がサラ……と垂れた。

 紫水晶の瞳が楽しそうに歪んで、私より身長の高いエリエルは屈むと目線を合わせた。


「俺が守ってあげる。二人だけの秘密。

 だからこの手を取って」


 差し出された手を、受け入れるしかなかった。



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