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「昨日はお肉だったから、今日は魚が良い。バター焼きとか」

「材料があったら……じゃなくてさ!」

「どうせ自己紹介かなんかの時にその名前出したんでしょ。この屋敷の人間は全員ファブラード侯爵のことを嫌っているから、その人の伝手ってわかったら一発で省かれるよ」

「うそぉ……」


 初見、ファブラード侯爵はいい人そうに見えた。だって私も騙されたもん。


 しかし少し踏み込んでみると、とんでもない条件を突きつけてくる悪徳業者だったことがわかった。

 ということは、この屋敷全員にファブラード侯爵の素性は知られていたって事か。


 扉が閉まっているのを確認すると、青年は昨日のように野菜を漁り始めた。


「あの狸親父のことだから、どうせエリエルを屋敷から引きずり出してこいとか言ってきたんでしょ」

「トップシークレットォォォオオオオ‼」

「ブフッ」


 な、ななな……‼

 なんということを!


 この男は言ってくれたのだ‼


 思わず掌で青年の口を叩き付けるようにして塞いだ。

 誰も聞いてないだろうなァ⁉


「んー……」

「くすぐった……!

 いい⁉ そのことはもう喋らないでよ⁉」

「んー」


 よし、肯定と見なす。


「ハァ……苦しかった。

 それでファブラード侯爵はさ」

「オイコラ約束」

「んーって言っただけだよ」

「本当、いい性格だわ……」


 この肝の据わり方、さてはこいつ只者じゃないな?


 怒りを通り越して呆れる私の横で、青年が一つの林檎を取り出した。

 どうやらお気に召したらしく手中で転がしている。


「ファブラード侯爵はさ、エリエルを自分の手中に収めたいんだよ」

「どういうこと?」

「んー……利用してファブラード家の立場を強めたい、って言えば伝わるかな。

 はい」


 真っ赤に熟れた林檎が、私に渡った。

 使用人が食してもいいのかと躊躇するほど立派な一級品だ。


「エバンスドール家には何人か子供が居るけど、ほとんどが既婚者。唯一の未婚はエリエルだけなんだ。

 だからファブラード侯爵は自分の娘とエリエルを結婚させて、自分の立場を強めようとしているんだよ」

「なにそれ、めっちゃ自分勝手じゃん」

「うん、自分勝手、私利私欲。今までにも……あ、それデザートに可愛く切って」

「なんでそこで話を切る? 林檎は丸齧りでどうぞ」

「じゃないと続き話してあげない」

「ようし、張り切って行ってみよう」


 ふむ、交換条件か。私のスキルでエリエル様の情報が手に入るのなら容易い。

 ……っていうかエリエル様を呼び捨てって、失礼な人だな。言わないけど。


 林檎の飾り切りを承諾して貰ったことで、青年の纏う空気が明るくなった気がする。

 なんか既視感。


「君さ、末っ子でしょ」

「そうだけど、よくわかったね」

「わかるよ、私お姉ちゃんだから。

 さて、さっさとやりますか」


 腕を捲った。





「……何コレ」

「林檎の飾り切り」


 パパッと作った料理はまあまあの出来だと思う。

 魚のバター焼きは火の通り具合が最高だし、サラダもみずみずしい。


 そしてリクエストの林檎の飾り切り。


「普通にウサギとか……え、なに? 鳥、白鳥……?」

「フェニックス。より一層力を入れてみました」

「質量保存の法則無視してない?」


 これぞバイトで培ったスキルである。久しぶりに切ってみたけど、忘れていなくて良かった。

 料理がかすんで見えるほど、食卓の真ん中に置かれた林檎フェニックスは目映く輝いている。これを教えてくれた料理長、ありがとうございます。


「林檎一個でどうやってここまで……うわ、薄ら透けて見える」

「ちょっと練習したら君もできるよ、やる?」

「……うーん……興味はあるけど……」

「時間が合ったらいつか教えてあげる。

 ほら、早く食べて早く教えてよ」

「なんだったっけ……。


 そうだ、今までも何人かあんたみたいな人間が送り込まれてきたんだった」


 マジか。


 思わず魚を切り分ける手が止まった。

 ここからだと良く見えないけど、多分青年の瞳は不満げな色を浮かべているだろう。完全に予想だけど。


「あんたと同じ単身者も多かったけど、それ以外も酷かったよ。

 変なスパイスをしこたま使った料理を部屋の前に山ほど置かれたり、ゾウっていう南国の馬鹿でかい動物十頭近く連れてきてどんちゃん騒ぎしたり、部屋の前で変な衣装着人達がパレード始めたり、鼓膜が破れるかと思うほど甲高い声の歌手を連れてきて扉の前で熱唱させたりさ。

 他にも際どい格好した女達を大量に送り込んできたり、黒板を爪で引っ掻いてきたり、何匹居るかわからないほどの犬と猫を連れてきたり……それで部屋の前が糞尿まみれになって、ロバート……執事長が泣いたらしいよ」

「全部事実なんかい」


 ツッコまずにはいられない。

 その騒動の犯人は全部私の雇い主だったのか。


「そんな騒動を起こしているから、この屋敷に人達に嫌われてるんだ」

「まあ、簡単に言うとそう、かな……。

 だからこの屋敷の人達はファブラード侯爵経由で来たあんたを警戒してるんだよ。

 なにかまた厄介なことを起こす前に追い出してしまおうってことなんだろうけど」

「私が最初にファブラード侯爵に紹介して貰ってって言ったからかぁ……」


 戻れるなら過去に戻って自分に教えてあげたい。絶対無理だけど。


「ファブラード侯爵って色々噂あるよ? 下町でも有名って聞いたことある」

「嘘でしょ、私なんにも知らないんだけど⁉」

「情報収集が甘いんじゃない?

 あいつは雇った人間をこき使うだけ使ったあとはポイ。給金を払わなかった事例もあるみたいだし、なにかしら楯突かれると違約金を請求したり、もっと酷いと家族を人質に取って恫喝紛いなことするんだって……顔色悪いけど、大丈夫?」


 リーチかかってる。


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