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「おはようございます」

「おはよー……あれー?」

 泣こうが喚こうが、朝は等しく訪れる。


 始業前に広場に行くと薄紅色に長いおさげの女性、ポプリさんを見つけた。

 きっとこの人から今日も沢山のお仕事をいただけることだろう。わあ、働けるぞ嬉しいなあ。

 頭を下げると、今日も間延びした声が降ってくれる。


「今日も来たんだー」

「はい、お仕事ですので」

「ふーん」


 超興味ないじゃん。

 先輩に敬意を見せるため頭を上げていたが、周りからの視線が突き刺さるためゆっくり上げた。……なに考えてるのかわからん。パッと見嫌悪はされてない……気はする……。


「昨日の仕事でてっきり嫌になったかと思ったー」

「あはは、あれくらいでめげませんよ!」


 ふん! 負けないだかんな。

 さあ、今日はどんな仕事を寄越す気だ?


 ちょっと身構えていると、遠くで足音が聞こえる。

 石畳を革靴で歩く音だ、反射的に背筋が伸びる。昨日も聞いた足音、ロバート執事長のものだろう。


「おはようございます」


 私の予想は合っていた。

 モノクルをかけた手厳しい初老が、使用人一同の前に威風堂々と現れたのだ。

 なんかこっちを見て眉毛しかめた気がするけど、気のせい気のせい。微笑んでおけ。




 あまり私に関係なさそうな行連絡を聞き流しながら、少々寝不足気味の頭で昨日あの青年と別れた後を思い出していた。


 やることがまだ沢山残っていた私は、足早に自室へ戻ると早速日誌を書いた。

 内容はもちろん、特記すべきことはなし。


 あらかじめ打ち合わせにあった待ち合わせ場所には、すでにファブラード侯爵の遣いの人と思われる人物が立っていた。

 フードを目深に被っており、少々不審者臭が漂っている。よくこの屋敷に入れたな。


「これが報告と……あとこれをお願いできないですか?」

「なんだこれは?」


 この中に、私は無事だ。少し仕事が手間取っているからしばらく帰ることができないという旨を記した手紙が入っている。


「家族宛ての手紙です。

 何も言わずにこの屋敷で働くことになってしまったので、心配をかけてはいけないと思って。

 どうか届けていただけないでしょうか?」

「ああ、わかった。こちらで出しておこう」


 本当は直接伝えに行きたかったけど、いつお休みがもらえるかわからないため手紙を出した方が早いと判断したのだ。

 っていうか、募集要項とちょっと違くない?

 時間の融通聞くとか、ほかのバイト掛け持ちオッケーとか書いてあったけど。そんな時間一切ないじゃん。文字通り身を粉にして働いて……休憩時間すら貰えないこの現状。


 もっと時間を切り詰めて動けってか? やっぱりブラックだ、さっさと辞めてやる。




 淡々と連絡事項を読み上げるロバート執事長の目を盗んで周りの人の様子を観察してみる。


 ……私以外、人間関係に問題があるように見えなかったんだよなぁ。


 さっきも皆楽しそうに喋っていたし、やっぱり私だけが不自然に浮いているのだ。


「(ポプリさん達って、もしかして違う経由でここに就職したのかな……やっぱり誰かからの紹介? くそう……伝手持ちはやっぱり有利か……‼)」


 私の雇い主は公爵だけれども、この人たちはもしかしてもしかしなくてもこの屋敷直属なのだろう。

 私はこの屋敷に雇われているというより、派遣できているような認識だ。

 会社元が違うから仲良くしないっていうスタンスか? ヤバ、超怖い人たちじゃん、仲良くしてくれよな。




「……では以上です、本日も頑張りましょう」

「(お、朝礼終わった)」


 なんとなーくぼんやり聞いていたけど、来客がいつ来るとか宝飾店から屋敷のメンテナンスとか、やっぱり私には関係の無いことだった。


「ちょっとあんたー」

「ウッス⁉」


 くっ……どうしても身構えてしまう……‼


「(ウッス……?)喜びなよー。昨日のあんたの働きを称して、今日も沢山仕事があるんだからー。

 今日は北にある庭の剪定とー、食器洗いにー、 絨毯の洗濯ねー」

「承知いたしました」


 重労働も重労働。

 でも大丈夫。 だって夕食は好きなものを作れるんだから……‼


 名前を聞き忘れた部屋着ワカメ、今だけ感謝するよ。


「あと言うの忘れてたけどー、夕食以降の時間帯は中庭には絶対入っちゃダメだかんねー」

「え、あ、はい」

「てっきり昨日の昼くらいで泣きべそかいて出て行くと思ってたからー、伝えてなかったんだよねー」


 それ、早速昨日破ったやつですわ。

 部屋着ワカメも同じようなことを言っていたけど。何か理由があるのだろうか。


「あの、なんで中庭に入ってはいけないんですか?」

「んー……」


 え、なんで悩んでんの?


 ポプリさんは顎に手を当てると、何故か空を見上げた。


「えっとねー……。


 出るんだー」


 …………何が、と聞いた方がいいのだろうか。


「実際被害が出るのは夜だからー。ここ、事故物件になったらあんた責任とってねー」

「え⁉」

「あ、呪われた人間がどうにかできるのかなー? もし入るならあんたの実家に連絡して賠償金用意して貰っといた方がいいよー」


 ヒラヒラと手を振りながら仲間の輪に戻っていくポプリさん。


「(ど、どうしよう……)」


 今朝から肩が重たいのは、気のせいだろうか……。


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