13
「……」
「どう?」
「……初めて食べる味だ」
名も知らない青年は私の作った炒め物を口に運びながら、小さく感想を零した。
同じように私も口の中に放り込むと、少し安心した。よかった、いつもの味だ。
「美味しい。こんな味、今日まで知らなかった」
「これは私が去年バイトしていた居酒屋の女将さんから教えて貰ったレシピ。そこの女将さん程じゃないけど、うまく出来た方だと思う。弟と両親も気に入ってくれてたから、よく家でも作ってたんだ」
「弟……」
さ、早く食べて部屋に戻らないと。
厨房の片付けが終わったら日報を書いて提出することになっている。ここから手紙の出し方なんてわからないし、遣いの人にお願いしたら届けてくれるかな……?
ほんのり肉の味がついた野菜炒めを嚥下すると、スープに匙を沈めた。
「さっきも言ってたけど、弟いるの?」
「うん、デイヴィスっていうんだけど、ちょっと年が離れてるんだよね。だから余計可愛くてさぁ……あ、実家が畑をしてるんだけど、今までデイヴィスが両親の手伝いをしてたんだ。その伝手で最近あの子もバイトを始めたんだけど、それでもご飯とか作ってくれて……」
毎日私達のために泥だらけになりながら野菜を作ってくれる両親と、貧しくとも毎値に精一杯の笑顔で生きている弟の顔がハッキリと頭に思い浮かぶ。
あ、私寂しいんだ。
黙った私を、青年がジッと見ていたことに気付かなかった。
「……家族と仲がいいんだね」
「……うん、多分、結構仲は良い方だと思う」
ギュッとスプーンを握りしめた。
今日はいつもより心が疲れてしまったから、余計に家族が恋しいんだ。
「私ね、家族に何も言わずにここへ来ちゃったんだ。いつ帰れるかわからないからもっと話しとけば良かったとか、ちょっとホームシックになったというか……」
「ふーん……」
つまらない自分語りを聞かせてしまったかな。
狭い厨房にスプーンとお皿の当たる音が響く。
「……そういう後悔って、誰にでもあるよ」
「え」
てっきりこのまま無言の食卓が続くものだと思っていた。
青年の目は私が足払いをかけたっきり拝めていないけど、どんな感情が浮かんでいるか少しだけ気になった。
「君も、後悔したことある?」
「うん、痛いほどある」
ちょっと意外、なんて失礼だろうか。
「でも君のご家族は生きているんでしょ。だったら伝えれば良いよ。
いってきますって、大切な人にはちゃんと言うべきだと思う」
「そう、だね……その通り……」
その言い方に少し引っかかった。
〝生きているんでしょ〟
出会ってほんの数分。
この人のことを何も知らないしどんな人かも知らないけど、穏やかな虚無が含まれている気がした。
もしかして……?
野暮なことが頭を過るが、他人様のことに首を突っ込むなんて失礼にも程がある。足払いはしたけど。
ちょっと重たい空気になってしまった。
青年が匙を口に含むと、私は顔を上げるて口の端を上げた。
「そのスープも美味しいでしょ? 後でお店教えてあげるから行っておいでよ、値段も良心的だし、お客さんもいい人ばっかりだったよ!」
「あんたが作ってくれた方がいい。明日も作って」
「え、やだよ」
うや、普通断るでしょ。
バッサリと切り捨てられた青年はビシッと固まった。
「明日はきっと今日より忙しいよ、私だって疲れてるもん。
それにお店の方が美味しいから、行っておいでよ」
「……俺だって忙しいし。それに明日もさっきと同じメニューかもよ。
あんた、ここ一人で使う度胸あるの?」
う……。
そう言われると栄養の偏りとか腹持ちとか、デメリットだらけである。
もし可能であれば明日もここを使いたいが……悔しいことに、青年の言う通りこの状況に置かれた中、一人でここを使うのは気が引ける。
「でも何時になるか分からないよ?」
「別にいいよ、何時でも。待ってる」
「忙しいって言ったじゃん」
「長時間部屋を抜けられないだけ。
久しぶりにこんなに暖かくて、美味しいの食べたから……ダメ?」
「ぐぅっ……!」
料理を褒められるのは悪い気がしない。
コテン、と頭を傾けるその仕草、あざといぞ。髪の毛ボサボサなのにっ……ダルダル部屋着なのにっ……!
「明日こそバーバフカ作ってよ」
「時間がない。それだけは絶対言い切っておく」
「ってことは、ご飯は作ってくれる……?」
「言質取りに来た……だと……⁉」
こやつ、見た目に反して策士か⁉
イエスノーはとりあえず片付けという名の証拠隠滅を行ってからにしよう。
空っぽになった食器を取り上げると、シンクの水を勢いよく出した。
……一日ぶりにまともに人と話せて気分転換になったのは黙っておこう。
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