12
「ちょっと! 何処行くの⁉」
「うるさい」
「はあ⁉」
青年は私の手を引くと、躊躇なく屋敷の中を突き進む。
あっち行ってこっち行ってそっち行って、あ、次はこっち?
会話も少なく、入り組んだ屋敷を迷うそぶりもなく道を選ぶ。
この日と随分詳しいな、長いことここに務めているのかな。
っていうか、これ帰りちゃんと自分の部屋に戻れるだろうか? 私の不安も比例して大きくなっていく。
しばらく歩くと、ようやく一つの扉の前で止まった。
「ここ」
「なに、ここは」
「入って」
まさか中に閉じ込めて集団リンチとか言わないよね……?
言われたとおり恐る恐る扉を開くと、中に現れた光景にポカンと口が開いた。
「厨房?」
「うん、ここは使用人が自由に使える厨房。ちゃんと火の後始末をすること条件に、誰だって勝手に使っていい場所」
「え」
そんな自由な場所が合ったの? それならファブラード侯爵ももっと早く教えてくれば良かったのに。
固まる私をよそに、青年は中に入ると樽の中を覗き込んだ。
「料理できる?」
「できるけど、連れて来る前に確認してよ」
「使用人に採用されるくらいだから、料理できると思っていたから」
「簡単なものくらいだけど……じゃなくて。
ここ私が使ってもいいの?」
「なんで?」
なんでって、この人は私のさっきの話を聞いていなかったのか?
初対面の人間に私の立場を完全理解しろとは言わないけどさ。
「だから、私はこの屋敷の皆さんから嫌われてるんだってば! 何にもしてない、っいうか真面目に仕事しかしてないのに!」
「嫌われてたら使っちゃダメなの?」
「ダメ……とは言われてないけど、普通は嫌がるでしょ!」
「でも権利はあるよ」
ほい、とプライパンを渡された。くっ……いいフライパンだ……!
「……権利はあっても気分がよくないでしょ、お互い。
この状況で食材に手をつけるのは気が引けるよ。もう少し様子を見てから……数日後ぐらい使わせてもらおう……かな……」
「みんな結構頻繁に使ってるみたいだし、今は夕食の時間だから。
みんな食堂にいるし、こっちには来ないよ」
「じゃあいっか」
「切り替え早」
長所である。
だって今日頑張ったし。あんなご飯じゃ今日の疲れなんて取れるもんか!
青年の横に並び樽の中を覗き込むと、これまた新鮮で艶々な野菜たちが顔を揃えていた。
こっちにはお肉があるけど……。
実家に残してきた家族の顔が浮かんで、お肉が入っている籠の蓋を静かに閉じた。
「自由に使いなよ」
「それでは遠慮なく」
体はバキバキに疲れているはずだけど、体は美味しいご飯を求めているのだ。
重たくなった腕を持ち上げると、早速適当な野菜を洗ってひと口大に切り分けていく。
調味料を入れてフライパンを揺すっていると、後ろから視線が突き刺さる。
「どうしたの?」
グウウウウウ……
「……」
「……」
「……続けなよ」
いや、そんなあからさまな音は無視できないでしょ……。
思わず揺すっていたフライパンを止める。
「君は食堂に行かないの?」
「行かない、あまり得意じゃない」
いいかクローリア・ヴァンクス。
この人はこの屋敷の住人だ。私を今日いじめにいじめ抜いた人達と同じような……。
「……私が作ったものでよかったら一緒にどう?」
「食べる」
「即答かい」
この野菜炒めを二人で分けるには少し少なすぎる。
ほとんど炒め終えた野菜を別のお皿に移すと、謙遜していたお肉に手を出した。
別の野菜だと味のバランスが可笑しくなるし、男性ならお肉を食べたいよね……?
「……あのさ」
肉を切っている横で、青年がおずおずと口を開いた
というか、あんたはいつまでその服のままなんだ?
「なに?」
「あんたってなんでも作れるの?」
「色んなバイトをしてきたから、大概の物はつくれるんじゃない?
おつまみからお菓子まで、幅広いレシピは知ってるよ」
「じゃあさ」
出会って数分の中で、一番大きな声だった。
といってもフライパンに投入した肉に大分掻き消されたけど。
「バーボフカ、作れる?」
バーボフカとは。
クグロフ型で焼き上げる、所謂スポンジケーキだ。シンプルが故にアレンジレシピは無限にあり、私の中のレパートリーも豊富である。
「バーボフカは作れるよ。弟が好きで、給料が入ったらたまーーーーーーーに焼いてたから。
でも今日は作れない」
「どうして? 材料が足りない?」
「時間が足りない」
そうこう言ってる間に夕食の時間が終わってしまう。
ほかの使用人が来る前にここから撤収しないといけないのだ。食べる時間や食器を洗う時間も必要なのをこの人はご存じだろうか。
それにこの場面を見られたら、明日からどんな酷い仕打ちが待ち受けていることやら。
「時間……それなら、この時間にあんた以外の人間を入らないようにしたらいいの?」
「そんな権限、君持ってるの?
できたら理想だけど、そもそも私にも時間がないの。今日なんて部屋の掃除もしなきゃいけないし、まだ仕事も残ってる」
「仕事終わったんじゃなかったの」
「知らないの? メインディッシュは最後に残しておく方が美味しいんだから」
「目が死んでるよ」
死んで当然だ。
これから日報を書かなければいけないのだが、いったい何を書けばいいというのだ。
そもそもエリエル様という単語を聞いたこともないわ。
出来上がった野菜の炒め物と簡単なスープ、そしてパンを皿の上に乗せると食卓へ運ぶよう青年に促した。
「なんでこっちのお皿にはお肉が入ってないの?」
「わ、私ベジタリアンだから!」
「ふーん……」
湯気が立ち乗る机の前に、腰をかけた。
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