09


 私は人より少しだけメンタルが強い方だと思っている。


 中庭でベンチに腰を下ろすと冷たく固いパンを囓りながら、チーズを千切った。


 数多の職場を見てきた結論として、人間関係はお金の次に重要視すべき点だと思っている。人によってはお金より人間関係で職場を選ぶ、重要視する要素一位、二位を彷徨う部分だろう。


 私みたいなポッと出バイトがその現場に入ると、浮くのはよくあることだ。

 元々人間関係が出来上がっていたのだから、後からやって来た人間が弾かれるというのは欲ある話。そこをうまく潜り抜け、仕事に繋げるのが私の得意技だったはず、なんだけどな。


「(庭を見ながら食べる固いパンだって、美味しいじゃん)」


 花が綺麗で、風が気持ちよくて、ゆっくり食事が摂れる。穴場じゃん。

 騒がしく皆で弁当を食べた昨日とは大違いだ。


「……デイヴィスにお弁当、頼めばよかったな」


 貧乏な我が家のお弁当事情は芳しくない。だが作ってくれた弟の優しさが詰まったお弁当は、私の大切な労働力の一つだった。

 こんなことなら見栄を張らなければ良かったと思うも、すでに遅い。


 グッとパンを握りしめると、口の中に押し込んだ。乾燥したチーズを水で流すと、空っぽだった胃袋が満たされる。

 人間関係がなんぼのもんじゃい、あからさまな待遇がなんぼのもんじゃい!


「よし、行くか」


 コップに残っていた水を飲み干すと、立ち上がった。

 私はここにお金を稼ぎに来ているのだ。通常業務をこなしたら、なんとかしてエリエル様に接触をする。そうしないとお金どころか、家族が危ない。


 ふと前を見ると、向かいの窓のカーテンが揺れていた。




 ******




「じゃあこれを夕方までにジャガイモとニンジンの皮むきとインゲンの筋取り終わらせておけ」


 お盆を戻しに行くと、料理長が顎で樽を示した。

 私の腰まである樽が三つ、それもギッシリと新鮮で土がしっかりついたジャガイモ達が剥かれるのを今か今かと待ち構えている。


 やってやろうじゃないか。厨房のバイトを過去何度経験したと思っている。

 私はそれを捲り上げると、渡された木箱の上にドカッと腰を置いた。


「この作業は私一人で進めればよろしいでしょうか?」

「そうだ」

「承知いたしました」


 年期が入ったこの包丁さばき、甘く見るんじゃないよ。


 年頃の娘がはしたないと言われようが関係ない。私は大きく股を開いて腰を痛めない体制を取ると、躊躇無くジャガイモに刃を入れた。




「料理長、終わりました」

「は?」

「ニンジンとインゲンはこちらに、ジャガイモは芽などをすべて取っております。中に緑色の物が混ざっていました、毒があるといけないので外に弾いてあります。ご確認ください」

「お、おお」

「で私はこの土が混ざった水を外に捨てて参ります。

 そのまま次の仕事に取りかかろうと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「ああ……」

「では失礼します」


 通常であれば三人がかりで終わらせる量のジャガイモの皮むき。それをたった一人で、それも時間制限を設けた嫌がらせを、自分より小さな小娘にやってのられた気分はどんなものだろうか? ぜひともインタビューして見たいが、残念なことに次の仕事に取りかからなければいけない。


 唖然とする料理長を背中に私はボウルに入った水を抱えて厨房出た。






「夕食の時間までにこのシーツを全て縫っておきなさい。終わるまで厨房に行くことは許しません」

「承知いたしました」


 針仕事の作業場に行くと、針子さんが腕を組んで私を出迎えてくれた。隠しきれないラスボス感が彼女の風格より一層際立たせている。

 机の上に山のように置かれていたのは、ところどころほつれのあるベッドシーツと、カーテンだ。


 椅子に座ると私はお決まり文句を口にしていた。


「この作業は私一人で進めればよろしいでしょうか?」

「当然よ」


 それを聞くと同時に、スカートたくし上げた。

 隣から「なんとはしたない!」と、悲鳴が聞こえるが、黙って欲しい。針仕事胡座をかいて膝の上で進めるのが私流である。


「なんということを……いいえ、私には関係ないわ……。


 用事があるので席を外します。ちゃんと仕事をしておくように!」

「承知いたしました」


 用水路工事の仕事に就く前は町の洋服店でお直しの格安大量注文を受けていた。これもまたクオリティとスピードが求められる仕事であり、私はその世界の厳しさをすでに知っている。


 針子さんがいなくなったのを確認すると、スカートを太ももの上までたくし上げた。




 随分と集中したようだ。

 顔を上げると、机の反対側には山のように綺麗に治ったシーツ類が積み上げられていた。

 外野がいない方が内職は手が進むっていうものよ。


 体は疲れているはずだけど、身についた仕事経験は裏切らない。


「そろそろ時間……え」

「ちょうど今仕上がりました、ご確認ください」


 恭しく頭を下げると、完成品を差し出した。


「中には虫食いがあったものもありましたので、補強致しました」

「ああ、そうなの……」

「それから一部染みが取れていないものもあります。染み抜きも必要かと」

「え、ええ……」

「それでは夕食に行ってもよろしいでしょうか?」

「よ、よろしい」


 よし、勝った。


 余計なこと言われないうちに、私はそそくさと縫合室を後にするのだった。

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