05



「初めまして、私はジニー・ファブラードだ。この屋敷で度々相談役を担っている者だよ。君がクローリア・ヴァンクスだね」

「ファブラード……侯爵……⁉」

「おや、私をご存じかな?」


 私は壊れた人形のようにひたすら頭を縦に振った。


 知ってるも何も、この領地でも上位に君臨する爵位を持つ家だ。知らない人間などいないだろう。

 なるほど、確かに大手企業だ、あの募集要項は間違っていなかったのだ。


 職業紹介所のおじさんめ、焦らなくても大丈夫だって? こんな有力物件、他の人だって飛びつくに決まっている!


「お、お初にお目にかかります! 本日はお時間をいただき、」

「そんな堅苦しいことを言わなくても大丈夫だよ、君のような……可憐で朗らかなお嬢さんに私のことを知っていて貰えるなんて光栄だ!」

「と、とんでもございません……」


 可憐、だってさ。

 言われ慣れない褒め言葉にちょっとにやけそうになる口元を、慌てて引き締めた。


 実はね、この屋敷で新しい使用人を探していたんだよ」

「使用人、ですか」


 おお、おお……! まさしく私が求めていたもの……!

 綺麗なお仕着せに優雅なお辞儀、足音を立てずにお茶をサーブする自分がありありと……想像できない。ちょっと悲しい。


「使用人って言っても、そんな難しいことをやってくれとは言わないよ。

 ただ少し、特殊な仕事なんだ」

「なんなりとお申し付けください! 色んな職業を経験して参りましたので、大概のことはこなしてみせます!」

「そうか、それはとても心強い!」


 よし、ここが自己アピールポイントだ!


 ここぞと言わんばかりに今まで経験してきた業種をツラツラ並べると、目の前に座るファブラード侯爵が満足そうに頷いてくれる。

 いいぞ、好感触!


「素晴らしい! その歳で数多の、それも街のためになるような素晴らしい仕事ばかりを経験しているとは! おみそれした!」

「そんな、私なんてまだまだです!」


 人に褒められるのって気持ちいいなあ、面接でこんなに自己肯定感が上がるの初めてだ。


「ふむ、そんなクローリアさんなら任せても大丈夫そうだね。

 仕事内容なんだけどね、実はこの屋敷に住んでいるご子息の話し相手になってあげて欲しいんだ」

「子守なら任せてください、小さな頃弟の面倒を見ていたので小さな子と遊ぶのは得意です!」

「ああ、そんな小さな子じゃなくて……むしろクローリアさんと同年代のお方なんだ。ここ数年屋敷に籠もっていてね」


 アッ。地雷踏み抜いた?

 ファブラード侯爵ともあろうお人が〝お方〟と呼ぶのなら、爵位の相当上なのだろう。


 思わず綻んでいた顔が引き攣る。


「ちょっと人見知りな方でね、彼のご両親やご兄弟も長年気を揉んでらっしゃるんだ。

 昼間もあまり外に出てこなくて、使用人の中でも彼の顔を見たことある者は限られている。私とて最後にご尊顔を拝見したのはもう十年以上も前だ。

 けどいつまでもそう言っていられない年齢になってきてね、貴族である以上社交の場に出てある程度の顔を作っていかなければならない。立場が上なら尚のことだ」


 私より年上で引き籠もり……。

 ちょっと肩の力が抜けた。


「(私とまるっきり正反対の人間だ)」


 私は生きるため、多少体調が崩れようが台風や雪で天気が荒れようが、お金を稼ぎに外へ出ていた。

 人見知りなんて言ってられない、人と関わらないと高い給金が貰えないのだから。


 しかしここに住まう同世代の男は、私と全く違う生活を送っているのだ。


 嫉妬、羨望、色んな感情が渦巻くが、その感情の真ん中にあるのは〝もったいない〟という感情だ。


「昼間に外に出ないって、庭も歩かれないということですか?」

「散歩なんてもっての他だよ」


 私は地面を這いつくばるような思いで生きてきた。

 きつい仕事でもなんでもこなして、プライドを捨てたことだってある。


 でも知っているんだ。


 皆で力を合わせて何かを成し遂げる快感も、仕事終わりの冷たい水の心地よさも、早起きして吸い込む朝露の薫りも、帰り道に見上げる夕日の美しさも。


 働くのは辛いし、できることなら働きたくない。

 それでも、辛い仕事の中で嬉しかったことや綺麗と思えたことが記憶に残っているのは、働いたからこそ得られた数少ない宝物なのだ。


 お偉い貴族の方々が普段どんな仕事をしているのかなんて、庶民(一応男爵令嬢)にはてんで想像もつかない。

 しかし、働いたからには何かしらの宝が得られるはずなのだ。


「私のお仕事は、その方とお話するだけなのでしょうか?」

「そうだな、欲を言えば少しでも部屋の外に出てくれるきっかけを作ってくれたら嬉しいな」

「外に……昼間に庭へ行くくらいを目標ですね」


 異世界かってくらい違う世界に住む住人だろう。


 しかし、やはりもったいない。


「ファブラード侯爵、是非この仕事を私にやらせてください」

「おお! 引き受けてくれるのかね!」

「もちろんです‼」


 本来なら私みたいな小娘と接触する人生じゃないだろう。

 しかし昨日この募集を見つけ、今日私がここに居る。これは運命だ。


 ならば私はこの運命を受け入れよう。そしてまだ顔も見ぬ青年を太陽の下に連れ出し、世界の厳しさと美しさを教えようじゃないか!


「いやあ、助かったよ! 色んな人に頼んでいたんだけど、中々頷いてくれなくてね」

「こんなに好条件のに、不思議ですね」

「そりゃあ……。





 エバンスドール公爵家のご子息って聞くと、皆謙遜してしまうんだ」


 心臓が口から飛び出すかと思った。

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