03


「たっだいまー!」

「姉ちゃんか、おかえりー。

 ……ん? この匂い……」

「じゃじゃーん! お肉を買ってきましたー‼」

「はぁー⁉」


 小さく所々雨漏りがする筑何十年の我が家に足を踏み入れると、出迎えてくれたのは出来上がった料理を給仕している弟のデイヴィスだ。


 紹介状の帰り道、少し寄り道をして私が勝ったのは子供たちが買っていた肉の串焼き。それも四本!


「どうしたんだよ、あのドケチな姉ちゃんが肉を買ってくるなんて!」

「ド、ドケチ……⁉ せめて倹約と言って欲しい!」


 悲しいかな、実の弟にそんな風に思われていたなんて……。

 確かにそう思われて仕方がないような生活をしているが、口に出さないでくれ。ちょっとお姉ちゃんは悲しいぞ。


「なに、今日は給料が沢山出たの?」

「ま、まあね」


 嘘はついていない。

 だって総監督、今日が最後だからってお肉変えるくらいのお金入れてくれたし。それに今後がっぽり入る予定だし‼


「お父さん達は? まだ畑?」

「うん、もうすぐ収穫だからって張り切ってるよ」

「二人もそんなに若く無いから、無理させたくないんだけどね……」


 先述したとおり、我が家は非常に貧乏である。

 しかし腐っても男爵家、先祖代々伝わる土地があるのだ。今は畑となっており、両親が二人で仲良く野菜を作っている。


「で、明日は何時出発? 弁当はいるの?」

「あ、明日は……」


 しまった、誤魔化し方を考えていなかった。

 ここで見栄を張って「今日と同じくらい」と回答をすれば、昼間から公園のブランコに座って遊ぶ子供達を眺めるという、非常に切ない情景の一部になることだろう。それだけは避けたいけど……。


「明日は?」

「明日は……。


 昼前までだから大丈夫! 自分で用意する!」

「ん、わかった」


 結果、ご近所からの視線から逃げた。



 ******



「あああああ……私の馬鹿……!」


 自室に戻ると、ベッドの上に座って頭を抱える。


 あの後すぐに両親も帰宅し、弟が用意してくれた夕食を皆で囲んだ。

 薄いスープに時間が経って固くなったパン。しかし固くなったパンはスープに浸して食べれば良い。


 弟は料理が上手なので、具が入っていないスープでもその辺に生えているハーブや瓶の底にへばり付いた調味料を変えて飽きないように味を変えてくれる。

 ……私のことドケチとか言っていたけど、あの子も大概だと思う。


 少し乱れた髪を整えると、鞄に押し込んだバイトの募集要項を取り出した。


「あ、そういえば内容見ていなかった」


 おじさんが説明してくれようとしていたけど、それより喜びと焦りが勝ったのだ。


「えー……。


 業界未経験大歓迎! 丁寧なレクチャー、賞与、退職金有り!

 現在活躍されている殆どの方が未経験からスタートされています。専門知識が無い方にも研修で丁寧にレクチャーします。また周りの方にも聞きながら業務を進められ、質問しやすい環境なのでご安心ください(笑)

 職業内容は面接時に説明致します!

 大手企業の直雇用ですので、安心安定して活躍できる環境です。皆様のご応募お待ちしております!


 すっご……!」


 なんかよく見るテンプレ文言だけど! 大手企業の直雇用だって!

 これは期待大過ぎる!


 その文言の下には、紹介所でおじさんが教えてくれた私の希望条件がでかでかと書かれている。


 私は募集要項を胸に抱くと、ベッドに寝転んだ。


「もし私がここに採用されたら……引っ越し準備しなきゃしけないな。でもいつから住み込みなんだろ……もしかしたら当日から⁉」


 いかん、それなら荷物をまとめて置いた方が良いのでは⁉

 つっても荷物なんて着替えと下着くらいだけど。

 するとなんだ、長年過ごしてきたこの部屋とももうすぐお別れと言うことか。早い内に家族にも言わないと。……採用されてからね⁉


「あ、面接いつなんだろ」


 私としたことが、肝心なことを忘れていた。


 慌てて要項に目を落とすと、口から心臓が飛び出そうになる。


「あ、明日……⁉」


 それも時間は早朝と来たもんだ。


 嘘から出た誠ってこういうことを言うのかな。

 明日の朝には出来上がっているであろうデイヴィスお手製の弁当は、私の大切な動力源となるだろう。


「よし! 明日に備えても寝よう!」


 蝋燭も勿体ないしね!

 息を吹きかけると、いそいそと毛布を被った。


 この時点で気付けばよかった。


 大手企業が面接するのに早朝を指定してくるか?

 今日出たばかりの募集で面接が明日なんて、あり得るか?


 甘美な条件を鵜呑みにした私は、にやける口元のまま夢の中へ駆け込むのだった。

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