第9話 心音

 出た目は一つは極めて小さく、ひとつは極めて大きい。ことわざで言うと帯に短くたすきに長し、というものである。むろん、当時にこのことわざは無い。

 荀罃じゅんおうは、幾度か動かしていた駒に大きな出目を使った。その駒は、ふくろうが一度二度で来ないような場へ進んだが、『方』のマスを通り過ぎてしまった。小さな出目で、『角』へ飛んだ駒を動かす。若干、『方』へ近づいた。よほど大きな目が出ない限り、たどり着けそうであった。

「堅実だな」

「家風です」

 睥睨するように眺める楚王そおうに荀罃が間髪をいれず返す。即答しているのは、荀罃の青さと度胸、そして恐怖のためである。怖れを悟らせないために、前のめりで返答している部分はあった。

 楚王は運がいいとはいえ、毎回良い出目というわけではない。一が出て、次に四が出る。

「どちらか揃えば良いのが、こういうのが困る」

 荀罃は、深く息を吸うと吐いた。一の目が二つ、四の目が二つは、もう一度振ることができる。賽の目がものをいうゲームであるため、振る数が増えるほうが良い。

 楚王は梟を一つ進めたあと、別の駒を進めた。

「……ですか」

 荀罃は呻くように言った。盤上にある荀罃の四つの駒のうち、一つは『方』に近づき梟を目指している。もう一つは孤軍のように遠くを回っている。あとの二つは動けていない。その合間を縫うように、楚王の駒が動いた。このゲームは前述したが、魚駒が後から同じマスに止まれば、前にいた魚に狩られる。荀罃の魚二つの前方に移動した楚王の魚は、嫌な障害であった。このマスを通過する出目を出さねば、梟に襲われる場のままである。が、同じマスに止まれば荀罃の駒はやはり取られる。良い出目でないかぎり、二つは動かしにくくなる。

 全ての数値を足して梟を動かすと思っていた荀罃は、眉をしかめる。同時に、底冷えする焦燥が襲う。死の恐怖が首を締め付けるように息が苦しくなる。手首をすかさず握り、脈を測りながら数をかぞえる。ひとつ、ふたつ。ふっと息を吐いた。力が良い意味で抜ける。

「それでは、私の手番です」

 サイコロをとり、碗に落とす。出目は良いとは言えない。双方、『方』のマスへ入れない数値であった。超過するのである。荀罃は孤軍の駒を動かした後、楚王の魚に近いものをひとつ動かした。ギリギリ、楚王のマスの手前で止まるものだった。

「あと一あれば、食えたものが」

 楚王が、荀罃の駒を指さす。

「あと二つあれば、あなたの前に来ていた。そうなれば、次に私が狩る立場でしょう」

 荀罃は、次のマスを指さした。荀罃のいるマスに楚王が飛び込めば、再び駒の数は同じとなる。あとは梟になっているかどうかだけの問題であり、荀罃は『方』を狙って駒を一つ置いている。

「互いの出目は良くない。天はどちらに言祝ことほぐか。さて」

 楚王が機嫌良さそうに肩を揺らしながらサイコロを振った。

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