07.

「し、しぬ……」

「もうすぐ寮ですよ姉さん、頑張ってください」


 先生の地獄の扱きをどうにか切り抜け、澄海玲の肩を借りて息も絶え絶えの状態で寮へ帰り着いた。軍隊に入隊した新人に向けて行われるブートキャンプのメニューを齢十五の小娘にやらせるの道徳的に間違ってると思う。


「なんで澄海玲はそんなケロッとしてるの……」

「御霊の力を借りて身体能力を強化していますから」

「……そういえばそんな事出来るって言ってた気がする」

「姉さんもいつかきっと出来ますよ」

「……出来るのかなぁ」


 澄海玲の御霊の能力は"泉源せんげん"と言い、真水や海水などの液体を自由に生み出せる固有能力だが、それとは別に全ての御霊が持つ"神纏しんてん"と言う技術も存在する。


 大和皇国が神纏士しんてんしと呼ぶ所以になったその技術は、自身の心に棲まう御霊を顕現させ身体に纏わせて身体能力を強化する技術である。御霊との親和が進まなければ修得出来ず、黒神先生がよく瞑想しろと言っているのはこの技術を修得する為に必要不可欠なことだからだ。


 真っ先に脱落したのは言うまでもなく私だが、緋音達もメニューの途中で脱落し、結局最後までメニューを熟せたのは"神纏"を修得出来ていた澄海玲だけ。本来ならもっと時間を掛けて修得する技術の筈なのに、なんでもう修得出来てるんだろうか。


「あ、そうだ……澄海玲、この後ちょっと時間作ってくれる?」

「分かりました、でも先にシャワーを浴びて下さいね」

「はーい」


 鍵を開け、靴を脱ぎ散らかして一目散に脱衣所に入る。靴を並べてくださいと背中に飛んできた澄海玲からの小言を受け流しつつ、服を脱ぎ散らかして浴室へ。蛇口を捻り、ベトベトの汗と火照った身体を冷水で洗い流していく。


(ん~、なんて切り出そう)


 頭から冷水を被りつつ考えることは伏せていた真実をどう澄海玲に切り出すかについてだ。単刀直入に言うか、それとも濁して聡明な澄海玲に気付いて貰えるように誘導するか。


(……ううん、それは駄目。きちんと澄海玲と向き合わなきゃ)


 両親には既にメールを送信して了承の返事を貰っている。本来なら私達の役目なのにと謝っていたけれど、こればかりはタイミングによるものだから仕方がない。内容が内容だけにメールや電話では済ませられない内容だし、然るべき時に対応出来るのが私だけだった。それだけの話だ。


(……よし)


 覚悟は決まった。真実を告げられた澄海玲がどのような選択をするにせよ、私達はその選択を尊重し、澄海玲を支え必ず守り背中を押そうと決めている。ショックを受けて半ば衝動的に自殺を試みるなんて真似をした時は本気で止めるけれど。


「姉さん、着替えここに置いておきますね」

「ありがとー」


 ……食事の用意や掃除を含むあらゆる雑事を澄海玲が進んでやってしまう今の生活も変えるべきだろう。なにかと澄海玲に甘えっ放しで、このままでは澄海玲がいないと何も出来ない駄目人間になってしまう。澄海玲の負担を減らす為にも、先ずは朝、自力で起きることから始めてみよう。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 






「澄海玲、此処に座って」

「──??はい」

「……今から大事なお話をします」

「大事な話……ですか?」

「そうです、心して聞きなさい」

「……はい」

「その前に、澄海玲は私の愛する妹であり、ママやパパも澄海玲を愛してることは伝えておくね」


 正座して、澄海玲と向かい合う。今から話す内容は、この子にとって酷く残酷で、自身の在り方に多大な影響を齎す内容だ。それでも私は真実を……私や両親と澄海玲に血の繋がりが無く、出生時に十三名の方が犠牲になったことを伝えなければならない。


「……澄海玲、私達の間に血の繋がりはありません。澄海玲が産まれた時、十三名の方が亡くなられました。澄海玲の本当の御両親もその時に」

「……」


 もちろん、澄海玲に非なんてある訳がない。悪いのは泣くことが仕事の赤ん坊に宿った御霊なのだから。それでも、無関係な当事者として澄海玲は知らなければならない。どのような経緯で誕生し、どのような経緯で私達の家族となったのかを。


「……実を言うと、その、知ってました」

「へっ?」

「だって、私と姉さんの誕生日三カ月しか違わないでしょう?幼い頃は何の疑問も抱いていませんでしたが……二年ほど前に気になって調べた時に全てを知ったんです」

「あっ」


 ……そういえばそうだった。私の誕生日が八月で澄海玲は十一月。小さな疑問から生じた違和感を見逃さず、それを調べる内に澄海玲は自力で自身の秘密に辿り着いていたのだ。聡明な澄海玲らしいというか何と言うか……内容が内容だけに、いつか話してくれると信じて待っていたらしい。


「亡くなられた十三名の御遺族に対する罪悪感は、勿論今でもあります」

「でも、それは澄海玲の所為じゃない」

「ですが、私が産まれてさえいなければ御遺族が大切な方々を亡くすことはなかったですし、亡くなられた方々も生きていれば沢山の命を助けていたでしょう」

「……そんな事二度と言わないで」

「……ごめんなさい、今はそのような事は思っていませんので安心して下さい」


 穏やかに微笑む澄海玲を見て、少しだけ安堵の息が漏れる。亡くなった方の大半は医者や看護師の方々だった。きっと今も生きていれば多くの人を助け、また多くの命の誕生を見届けていただろう。真実を知った直後は、自責の念に苛まれうなされる日もあったと澄海玲は言う。


「……ごめんね、気付けなくて」

「ううん、そんな事ありません。姉さん……それに母さんや父さんも傍に居てくれたから、私は今もこうして生きていられるんです……私を家族に迎え入れてくれて、本当に嬉しかった」


 ……本当に、当時の両親の判断は間違っていなかったと心の底からそう思う。たとえ血の繋がりがなかろうとも、私達はそれ以上の絆を結んでいると澄海玲の表情を見て改めてそう確信する。


「きっとこれから生きていく上で、御遺族の方と関わる機会もあるでしょう。過去を思い出にして未来まえに進んでいる方も……時計の針が止まったまま、今も怨恨を募らせる方も」


 悲惨な事故から十五年、過去として割り切るには十分すぎる程の時間が経過している。尤も、それを口にして良いのは御遺族の方々であって、私達がそれを口に出来る立場ではない事は重々承知の上だ。


「それは……」


 否定の言葉は、紡げなかった。両親や澄海玲が亡くなったことを想像したら、心が張り裂けそうになったから。凶行に走ることすら厭わない、そんな考えを持つ方が居ても不思議ではない。


「その方がそうしないと前に進めないのならば、私は逃げずに真摯に向き合います。無関係な当事者として、私にはその義務がある」

「……駄目、危険過ぎる」

「危険だとしても、私は背を向けません」

「澄海玲が殺されたら私は澄海玲を殺した人を殺すよ」

「……なら私は絶対に死なない様にしなければいけませんね」


 力強い瞳で私を見る澄海玲、こんなに自分の意思を前面に押し出した澄海玲は見たことがない。この様子では、たとえ私がおねだりしても首を縦に振る事は無さそうだ。そう思わされるほどの決意を感じる。


「……──っ」

「姉さん」


 どのような選択をするにせよ、澄海玲の選んだ道ならば家族として背中を押すと決めた筈なのに、内心では自ら危険な道へと進む澄海玲を止めたい思いで一杯だった。そんな私の狐疑逡巡な気持ちを読み取ったのか、澄海玲が少し困ったような微笑みを浮かべている。


(あぁそっか……背中を押して欲しいのは──……)


 ──そう願っていたのは、私の方だ。


 私個人としては姉として接していた、それは決して間違いではない。加えて前世の記憶による影響か、無意識の内に我が子の成長を見守る母親のつもりで澄海玲を見ていた節もあったように思う。私の意思は姉として、前世の記憶は母として、溶け合い混ざり合った意思と記憶が、澄海玲を庇護すべき対象として見ていたのだ。


「姉さんは私の憧れです。綺麗で気高く……何者にも負けない芯を持っている」

「……そんなこと、ない」

「そんな姉さんだからこそ、後ろを着いていくのではなく、隣に並び立っても恥ずかしくない自分になりたいと思うようになったんです」

「……!」


 けれど、私の後ろを着いて来ていた澄海玲は、自分の意思で未来を切り拓いていけるほどに強くなった。それを嬉しく思う一方で、少し寂しい気持ちが芽生えたのも自覚する。けれど、その気持ちはきっと、受け入れなければならないものなんだろう。


「……強くなったね、澄海玲」

「ふふ、ずっと姉さんの背中を見てきましたから」

「……分かった、澄海玲を信じるよ」

「ありがとうございます!」


 背中を押してあげなきゃと思っていた澄海玲に背中を押されるだなんて考えもしなかった。一抹の不安は残っているけれど、それでも今の澄海玲なら大丈夫だと信じられる。澄海玲はもう大丈夫……なら次は私の番だ。


(……私も強くならなきゃ)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

御霊物語 黒雲あるる @Aruru_Kurokumo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画