05.

『新入生、入場』


 騒がしかった講堂が次第に静寂と厳粛を取り戻していく中、アナウンスと同時に総勢約三百名もの新入生達が入場を開始した。私達も新入生の筈なのに、気分は新入生達を迎え入れる在校生の気分である。


「入場だけで結構時間掛かりそ~」

「三百人ぐらいいるもんね」


 ずっと待ってなきゃいけないのか~と机に突っ伏す緋音。気持ちは分からんでもない、かくいう私も入学式が終わるまでこの部屋から出られないのかと軽く絶望しているし。お手洗いに行きたくなったらどうすれば良いのだろう。


「なぁ東雲」

「ん……どうした天城?」


 私と緋音が話している横で男子同士の交流が唐突に始まった。緋音と目を見合わせ、入場する新入生達を眺めつつ男子達の会話に耳を傾ける。自分から話し掛けるタイプではなさそうな天城君のコンタクトだ。今、私達は貴重なシーンを目撃しているのかもしれない。


「御霊の制御訓練、どんな感じだ?」

「上手くいっている、とは言い難い状況だ。アクセル全開の車に乗りながら糸を針に通せと言えば伝わるか?」

「その例えすっごい分かるっ!!」


 皆苦労しているんだな~と、もう諦めている私は低みの見物である。三人共御霊の制御には難儀しているみたいで、入学式そっちのけで苦労話を話しては頷き合いながら親睦を深めている。私を除け者にしないで欲しい。


「そういえば逢坂の御霊は全く制御出来ていないと言っていたが、本当なのか?」

「うん、本当に御霊が宿ってるのか怪しいぐらいに全然応えてくれないよ」

「……原因は?」

「全然分かんない」

「……何か嫌われるようなことをしたんじゃないのか?」

「えっ……全く身に覚えがないけど」


 物心つく以前まで含めるとなると両親や施設の方に聞いてみないと分からないが、少なくとも私という自我が芽生えてからは特に嫌われるようなことなんて何もしていない筈。可能性があるとすれば黒神先生の地獄の訓練ぐらいなもの。しかし、あの日々は御霊が応じてくれていればそもそも回避出来ていた、これが原因だとはとても思えない。


『新入生諸君の入学を心より歓迎しよう』


 私達が親睦を深めている最中も入学式は恙なく進行している。野太い声に気付いて壇上に視線を向ければ、長い髭を蓄えた着物姿がよく似合う好々爺然とした老人が新入生達に向けてスピーチを行っていた。


「……御爺様」

「お爺ちゃん!?」

「お爺ちゃんなんだ」


 東雲家先代当主、東雲豪之丞しののめごうのすけ


 御年七十八歳とは思えない堂々とした佇まいと鋭い眼光だ。第一線を退いて久しいらしいけれど、今なお各界に多大な影響力を持っている傑物。皇王陛下であったとしても、おいそれと軽視出来ぬほどの人物であるらしい。


『この学園において諸君等の望む進路が侵害されることはない。既に進むべき道を決めておる者は研鑽を怠らず、まだ未来を描けておらぬ者も存分に思い悩むが良い。諸君等が輝かしい未来を築けるよう、我々教師陣が全力で諸君等を支え力となろう』


 改めて入学おめでとう──そう締め括った東雲学園長が拍手に見送られながら降壇する。去り際に私達に視線を向けていたような気がしたけれど、孫の東雲君を見ていたのかな?


『続きまして、新入生代表挨拶──新入生代表、逢坂澄海玲』

「あっ」

「澄海玲ちゃんの出番だ!」


 学園長式辞、来賓祝辞などの挨拶が滞りなく終わり、ようやく澄海玲の出番がやってきた。新入生席の端っこで存在感を放っていた澄海玲が席を立ち、壇上へと向かう。遠くて表情までは確認出来ないけれど、堂々としていて気負った様子は見られない。


『新入生を代表してご挨拶申し上げます』


 澄海玲の透き通った美声が講堂に浸透していく。保護者席の何処かにいる両親も澄海玲の勇姿を見てくれているだろうか。それにしてもここからだと遠すぎて澄海玲の表情が見えない。写真に収めておこうと携帯で撮ってみたが、遠すぎてぼやけてしまっている。


『暖かな陽射しと柔らかな優しい風に春の訪れを感じる今日この日、歴史と伝統ある大和学園に入学できた事を心より嬉しく思います』


 子煩悩な両親が写真に収めてくれているだろうから写真は両親に任せるとして。きっとビデオにも残してあるんだろうけれど、両親と会う機会はあまりないだろうから私も後で見返す為に録画しておこう。


「澄海玲ちゃん堂々としてて格好良い!」

「でしょ、自慢の妹です」

『私たちは御霊という存在と正しく向き合う為、親元を離れ、希望と不安を胸にここに集まりました。この学園は御霊の知識だけではなく、人として成長する為の多くの機会を与えてくれる場所だと信じております』


 澄海玲のスピーチを聞いていて、そういえばと気付いたことがある。実は私、澄海玲や黒神先生以外の御霊を実物で見たことが無い。映像や画像の中で見た事はあるけれど、実物を目にしたことは唯の一度もないのである。


(……他の人の御霊を見れば勉強になるかなぁ)


 新入生達の御霊を観察すれば、諦めてしまった御霊の制御法について何かしら解決の糸口が見つかるかもしれない。まぁ一縷の望みではあるけれど、試してみる価値はあるだろう。……別に黒神先生に信じていると言われたからとかではない、断じて。新しい環境になったから、これまで出来なかったことをやってみても良いかな、と思っただけである。


『これからの学園生活の中で、困難なことや辛いことに直面することもあるでしょう。しかし、私達は互いに支え合い、助け合うことでその困難を乗り越えていけると信じております』

 

 ちらりと私の横で真剣に澄海玲の話を聞いている三人を盗み見る。澄海玲以外で初めて出会った同じ境遇の人達。気軽に話せるのが彼等だけである以上、これからも交流は続いていくのだろう。初対面で最悪の印象を与えてしまったけれど、その後の会話でそれは払拭されたと信じたい。


『最後に、私たち新入生を温かく迎えてくださった皆さんに心から感謝申し上げます。これからの学園生活を一緒に楽しみ、素晴らしい思い出を作っていきましょう』


 盛大な拍手と共に、澄海玲が降壇する。録画していた携帯をテーブルに置き、階下の人達に負けじと拍手を贈る。


「澄海玲ちゃん格好良かったね!」

「あれはファンクラブが出来ても不思議じゃない……誰かに作られる前に私が作っておくべき?」

「作ったらあたしも入るよ!!」

「会員番号零番は私のもの、誰にも譲らない」

「じゃああたし一番!」

「……では俺は二番を貰おう」

「お、お前……」


 変なところでノリが良い東雲君に彼以外の全員が少し笑う。終始和やかな雰囲気で、彼等とは仲良くなれるだけでなく、家族のような関係になれるというどこか確信めいた不思議な予感を感じる私であった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 






「終わった~~~!!入学式長すぎっ!!」


 腕を伸ばし、ぐ~っと凝り固まった身体をほぐす緋音。スタイルの良い彼女の身体からポキポキと心地良い音が聞こえてくる。逆の隣を見れば、男子諸君も首をポキポキと鳴らしていた。あれが噂に聞く首痛い系イケメンか。


「ふう」


 かくいう私も軽くストレッチして身体をほぐしたいぐらいに身体が固まっている。周囲の目が無いから割と自由に見学していた私達ですらこの有様なのだ、下で話を聞いていた新入生達には軽い拷問のようなものだろう。


「ただいま戻りました!姉さん!」

「おかえり、澄海玲。格好良かったよ」

「ありがとうございます!」

「おわっ」


 固まった身体をほぐしていると、満面の笑みの澄海玲が扉を開け放ってそのままの勢いで私に抱き着いてきた。ここまでの喜び様は中々見られない貴重な姿だ。具体的に言うとTOP10に入るぐらいはありそう。勿論1位は母と初めて対面しての会話である。


「澄海玲ちゃんお疲れ様ー!凄い格好良かったよ!」

「──ありがとうございます」

「スンって真顔に戻るの止めて怖いから!!」

「……凄い変わりようだな」

「別人レベルで変わったぞ」

「こら澄海玲、これから三年間一緒になるんだから仲良くしなきゃ駄目でしょ?」

「……むう」

「可愛い」

「カワイイ!」

「……随分と仲良くなられてますね」


 むくれてる澄海玲もジト目の澄海玲も大変可愛らしい。油断していて今の表情を写真に残せなかったのは痛恨の極みである。

 

 




 

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