04.

 

『……』


 無言。


 無言である。


 私達が席に着席してから誰一人として喋らない。今すぐここから逃げ出してしまいたい程の重苦しい空気だ。全て私が招いた状況ではあるけれど、だからと言ってこの状況をどうにか出来る解決策も思いつかない。澄海玲に助けを求めようにも、代表挨拶で読む原稿に目を通していて邪魔する訳にはいかないし。


(絶対変な女って思われた)


 それにしても、本当に見苦しいところを見せてしまったと思う。きっと彼等は、教室に入ってきた途端自分達を見て大泣きした変な女という印象を抱いていることだろう。最悪のファーストコンタクトになったのは最早疑いようもない。


(秋元さん、折角友達作りのイロハについて教えてくれたのに……ごめんなさい)


 友達作りをする上で、最初の印象は非常に重要だ。選択肢を間違えれば三年間孤独に過ごす羽目になると、道徳の授業を担当してくれた秋元さんがさんざん忠告してくれたというのに。多分実体験なんだろうなと察するに余りある実感が伴っていた授業だったから、よく覚えている。


(……この人達も、私や澄海玲と同じなのかな)


 このクラスに配属されている時点でその線は濃厚だろう。口を開いたら他者に影響を齎してしまう御霊の持ち主であるのは間違いない。まだコントロールが完璧ではないのか、もしくは私のように訓練の成果が一切見られないタイプなのか。


 恐らく、澄海玲と問題なく喋れたように、彼女達とも喋っても問題はなさそうとは思っている。けれど、もし違っていたらと思うと最初の一歩が怖くて踏み出せないのだ。先程から隣の金髪の女の子からチラチラと視線を感じているし、彼女も同様の想いを抱いていそうではある。


(……先生早く来ないかな)


 唯一の打開策は私達の担任が来てくれること。まさか担任がいないだなんてことはないだろうし、私達を相手にしても問題ない神纏士の方が来てくれる筈。一番嬉しいのは黒神先生が来てくれることなんだけど。


「──っ!」


 なんて思っていたら隣の女の子から携帯の画面を向けられた。突然の行動に二度見して危うく声が漏れ出そうになったが、寸でのところで持ち堪えられた。隣に座っていた澄海玲も怪訝な表情で私と携帯を見て固まっている。


 ……気は進まないけれど、アクションを起こされた以上無視する訳にもいかない。一体何が書かれているのやらと、恐る恐る携帯の画面を覗き見る。


『ゃっレま─!禾厶レよ篠宮緋音っτ言ぅωナニ″!ょзι<ね!名前ナょωτ言ぅ@!?っτカゝ二人τ″入っτ、キナニょね!友ぇ幸カゝナょωカゝナょ@!?ぁナニιー⊂もイΦ良<ιτ<れゑー⊂女喜ιレヽナょ!っτカゝシ立レヽτナニレナー⊂″イ可カゝぁっナニ@!?』

「……???????」


 助けて澄海玲。大和語っぽそうで大和語じゃなさそうな見たことがない文字が書かれている。助けて澄海玲。


「……すいません姉さん、これは私の知っている大和語ではありません」


 澄海玲が喋った途端、私と澄海玲以外の三人が息を呑んだ気配を感じた。どうやら私達が何も知らされていなかったのと同様に、彼等も何も知らされていなかったらしい。私達も彼等も、事前に知らせておいてくれれば心構えも出来ただろうに。


『ιゃ∧″っτ∧レヽ、キナょ@!?ナょωー⊂もナょレヽωナニ″レナー⊂″!すごレヽ!]・/├□─」レ出来τゑωナニ″!?』

 

 タイピングが物凄く早い。確か、あの入力の仕方はフリック入力って奴だっただろうか。相変わらず何が書かれているのかさっぱり分からないけれど、状況から察して澄海玲が喋ったことに対する疑問が書かれているのだろう。それはそうと、私達でも読める言語を使って欲しい。漢字だけは読めるけれど。


「……此処にいる皆さんは喋るだけで他者に影響を齎す御霊の持ち主とお見受けします」


 席を立った澄海玲が言う。この教室に集められた私達は、他の生徒達とは違い口を開くだけで惨状を引き起こしてしまう者達であると。澄海玲の言葉を受け、篠宮緋音さん(漢字だけは読めた)と、私達のやり取りを静かに見ていた男子生徒2人が小さく頷いた。


「もう既にご理解頂けていると思いますが、私と姉さんが話していたのをこの教室に入った時に聞いたでしょう。他の生徒が居ない場所であれば口を開いても問題は無いと思われます。ちなみに姉さんは御霊の制御が全く出来ておりません……姉さん」

「ん、澄海玲は世界一可愛い」

「……皆さん、身体に何か異常は発生しておりますか?」


 完璧に御霊を制御している澄海玲と、全く制御出来ていない私が話してなんともないのだ。これ以上の説得力はないだろう。赤面した澄海玲の抗議の視線は軽く受け流すとして、見たところ三人とも特に異常は見られない。やはり、推測は当たっていたようだ。


「……あ、あたしは篠宮緋音しのみやあかね!!」

「しーっ……もう少し抑えて篠宮さん」

「あっ!ご、ごめん!」


 意を決してといった様子で篠宮さんが立ち上がり、自身の名前を高らかに宣言する。ちょっと声が大きくて心配になったけれど、扉は閉まっていたから外にまで聞こえた可能性は無さそう。恐らく防音対策も講じてくれている筈だし、隣の二つの教室は空き教室みたいだから心配はいらないかもしれないが……用心するに越したことはない。


「大丈夫、気持ちはわかる」

「あ、ありがとう……えーっと……」

「私は逢坂咲良。こっちは澄海玲」

「よろしくお願いします篠宮さん」

「──う、うん!」

 

 派手な見た目とは対照的に人懐っこい笑顔を見せる篠宮さん。なんとなく、初めて同年代の子と話せて舞い上がっている印象を受ける。恐らくは私達と似たような環境で育ってきたのだろう。あの派手な見た目は彼女なりの自己防衛手段なのかもしれない。


「……すまない、俺も自己紹介を──」

「すまんな、遅くなった」


 先程から会話に混ざるタイミングを窺っていた黒髪の男子が発言すると同時に、聞き覚えのある……というか忘れることは出来ない声が入口から聞こえてくる。


「全員揃っているようだな」


 見慣れた軍服姿ではない、カジュアルな恰好の黒神先生が其処に立っていた。ゆったりした白のブラウスに黒のスラックス、靴は低いハイヒールと軍服とは真逆のファッションである。黒神先生のこんな姿は見た事がないから新鮮だ。


「黒神先生!」

「センセー!」

「黒神先生!?」

「あ、黒神先生」

「……先生、お久しぶりです」


 どうやら此処にいる全員が黒神先生と面識があるらしい。となると、彼等とは兄弟弟子、姉妹弟子の関係になるのだろうか。黒神先生を慕っている様子から察するに彼女の訓練指導を受けているのだろう。


(……この中で一番出来が悪い自信がある)


 胸を張って言うことではないけれど、そこだけは自信を持って言える。黒神先生に殺されそうになった経験なら誰にも負けはしない。


「久しいなお前達……瞑想はちゃんと続けているんだろうな?」


 順番に私達を見ていく。やけに私を見る時間が長い気がしたけれど、きっと気のせいだな。「あたぼーじゃん‼︎センセー!」と、篠宮さんが元気に答えていて、実に微笑ましい。彼女から黒神先生に向けて好き好き光線が出ている気がするし、心なしか篠宮さんを見る黒神先生の眼差しも柔らかい。良い信頼関係を築いているようだ、私と黒神先生とは大違いである。


「お前達の訓練の成果を確認しておきたいところだが、入学式が控えているからまた時間がある時にでも見るとしよう。廊下に並べ、澄海玲以外は口を開くな」


 外に出た黒神先生に続き、私達も黙って廊下に出る。廊下には他のクラスの生徒達が既に整列していて、遠目からでも私達に注目しているのが分かる。最も注目を集めているのは黒神先生に間違いない。この学園に入学した生徒にとっては下手な芸能人よりも尊敬を集める人物だろうし。


「澄海玲、原稿は用意してあるな?」

「はい、既に全文頭に叩き込んでおります」

「ならば良い……気負わずに気楽にやれ。失敗しても誰も咎めん、笑う者がいたら私が殺す」

「……えっと、ここは学校です先生」

「──?」


 何か問題があるのか?みたいな表情で私達を見ないでください先生。澄海玲の言う通り此処は学校です、戦場ではありません。いじめとかの問題が発生したら「喧嘩両成敗だ、両方とも殺す」とか言い出しそうだし……政府の方々、この人に教職免許を与えたのは間違いだったのでは?






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 






「……先生、私達ここで良いんですか?」

「ああ、澄海玲以外のお前達を他の生徒達と一緒の空間には入れられんと学校側が判断したそうでな……全く下らん判断だが、決定された以上は従わなければならん」

「なるほど、納得しました」

「納得するな馬鹿者め。私の指導力不足なのもあるが、お前はもう少し澄海玲を見習って訓練に力を入れろ」

「だって成果が全く出ないですし……」

「気持ちは分かるがな……これでも私はお前なら必ず御霊を制御出来ると信じているんだぞ。総一郎、緋音、大輝、お前達もだ」

「はい」

「はーい!あたし頑張るー!」

「……うっす」

「……おかしい、今日の先生は優しすぎ──痛ーいッ!!」

「調子に乗るな馬鹿者、さっさと座れ」


 ところ変わって、一階の講堂全体を窓から見下ろせる二階の小さな一室。元々は会議室か何かだったのだろう、椅子や長机が乱雑に置かれている。それにしても頭頂部が痛い、なんだか妙に優しいなと口にしたらこれである。もう二度と優しいとか言わない。


「私と澄海玲は下で待機だ、行くぞ」

「姉さん、行ってきます!」

「頑張ってね、澄海玲」

「はい!」

「お前達は私達が戻ってくるまでここから出るな」


 二人を見送り、空いている席に座って階下を覗き見ると、まだ生徒達は入場していないようだ。保護者の方しか席に着席していない、新入生達はまだ入り口で整列したままなのだろう。


「ねぇねぇ咲良ちゃん!」

「ん、なに?」

「咲良ちゃんの御霊ってどんな感じ?」

「……ん~分かんない、瞑想しても全然応えてくれないから」

「えっ、そうなんだ?ちなみにどんなヤバい症状が出てくるの?」

「私のは腐死って聞いた。胃とか腸の中の食べ物とかが真っ先に腐って嘔吐しちゃって、聞き過ぎると全身の細胞が壊死していくんだって」

「え、えげつな!!」

「でしょ?……緋音の御霊はどんなヤツ?」

「あたしの御霊は……聞いた人を失明させちゃうんだ」

「……そう、なんだ」


 ──"宵闇よいやみ"。それが彼女に宿る御霊の力。


 私達姉妹と違って命の危険性はない。しかし、緋音の御霊もまた疫病神と呼ぶに相応しい力を持っているようだ。ある程度予想出来ていたことだが、いざ実際に聞くと言葉に詰まってしまう。どうにかして捻り出した言葉は当たり障りのない同調の返事だけであった。自分から聞いておいて、全く情けない。


「ねぇ、貴方達はどんな疫病神に憑りつかれてるの?」

「……俺か?」

「うん。あっ、自己紹介まだだったよね、私は逢坂咲良」

「あたしは篠宮緋音だよ!よろしく!」

東雲総一郎しののめそういちろうだ、よろしく頼む」

「……天城大輝あまぎだいきだ」


 なんだかしんみりした空気になってしまったけれど、気を取り直して二人の男子にも話し掛けてみる。黒髪の端正な男子は東雲総一郎と、目付きの鋭い赤髪の男子は天城大輝とそれぞれ名乗ってくれて、少し安堵した。先程会話に混ざろうとしていた東雲君はともかく、仏頂面で一切口を開かなかった天城君が名乗ってくれたのは正直、意外である。


「それで、二人はどんな感じなの?」


 あまり他者とコミュニケーションを取ろうとしない人なのかなと思っていたけれど、口数が少ないだけで社交性は普通に持ち合わせているのかもしれない。自己紹介にも付き合ってくれたし、御霊に関しても答えてくれそうだ。


「……俺の御霊は"賦与ふよ"──他者に活力を分け与える力を持ってる」

「元気になるってこと?」

「えー!?めっちゃ良い御霊じゃん!」

「……何か問題あんのかそれ?」


 どんな凶悪な御霊が出てくるやらと身構えていたが、東雲君の御霊は完全に想定外の能力を持つ御霊らしい。何故このクラスに配属されたのか不思議でならない。それだけなら他のクラスでも問題なさそうな気はするけれど。


「確かに、そう思うのも当然だ。……だがな、力が漲りすぎて一週間近く一睡も出来ず、動き続けなければならないという衝動に駆られ、挙句の果てには貰った活力を全て発散しなければ心臓が弾け飛んで死ぬと聞けば、そうも思ってられんだろう。更にエネルギーを発散しきった後は反動で一週間寝込んでしまうが……そこでも心臓の弱い者は上手く心臓が機能せず死んでしまう」

「……うわぁ」


 副作用が強すぎる、私達とはまた違った方向に突き抜けた御霊である。傍に合った椅子に項垂れるように座った東雲君に誰も声を掛けられない。彼自身の目でその光景を見てしまったのだと察するに余り有る……悲痛な表情であったが故に。


「えーっと……あ、天城君のは?」

「……この空気で続けんのか?」

「や、やめとこっか……」


 緋音が天城君にも続けて尋ねるも、当の本人はあまり乗り気ではなさそう。だが、皆が答えておいて自分だけ答えないのも不義理とでも思ったのか、結局は彼も渋々答えてくれた。


 ──"劫火ごうか"


 案の定、その過去は私達とそう大差がないものであった。彼の御霊はありとあらゆる物を燃やし尽くしてしまう劫火の御霊らしく──彼がどのような道を辿ってきたかは、最早聞くまでもないだろう。


(……澄海玲に本当のこと話さなきゃ)


 澄海玲に真実を伏せたまま彼等に澄海玲の過去を話す訳にはいかない。大人になったら真実を話そうと両親と決めていたけれど……そろそろ覚悟を決めておいた方が良さそうだ。両親にも私から真実を話すと伝えておかなくては。


「みんな、澄海玲のことなんだけど──」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る