第33話
5月23日。
今日の稽古が最終稽古。明日からは劇場に入って、リハーサルを行う。今回の稽古で今まで積み上げてきたものをぶつける。音響や照明のタイミングはばっちりだし、芝居も自信を持って出来る状態だ。些細なミスをしないように気を張らないと。
俺達は衣装に着替えて、長テーブル前の椅子に腰掛けている仲山先生の前で座っている。
音坂さんと光原さんと美島さんは長テーブル前の椅子に腰掛けている。
「最終稽古を始まる前にお前達に一つ言いたい事がある」
仲山先生は言った。
俺達は頷く。
「稽古を始めた頃は諸岡以外入学したてでど素人だった。でも、稽古をしていくうちに俺の想像以上のスピードで役者として成長した。今なら俺は断言できる。この舞台は必ず成功する。お前達はこの学園の歴史を変える存在になる。だから、気合を入れて、最終稽古に臨め。わかったな」
「はい」
俺達は力強い声で返事をした。自分でも分かる。この一ヶ月間で様々ものを学んで成長した。それは授業だけでは決して学べない事ばかり。途中で壊れそうになった時もあった。でも、それ以上にたくましくなったと思う。
「じゃあ、所定の位置につけ」
俺達は立ち上がり、それぞれの位置へ向かう。
「それじゃ、スタート」
仲山先生がスタートの合図を出した。
「この物語はとても遠い未来の物語」
「人間を試験管から生み出す技術が確立されてから、百年が経った。人間は二つの階層に分けられるようになった」
もなとりさが上手下手で台詞を言う。
「特定の人間達の遺伝子から作られた量産型のクローン達の貧富層。そして、遺伝子組み換えされて様々な才能を与えられた富裕層」
「貧富層はどんなに夢を描いても叶える事は出来ない」
「しかし、NO.1189はそれでも夢を持っていた」
もなとりさは上手下手の袖にはけていく。
「ここが城か」
何度、この台詞を言っただろうか。数え切れないだろう。
俺の台詞が終わると同時に音楽が鳴り始める。
俺はその場から去っていく。
――稽古は終盤まで順調に進んでいる。現在は真里亜と恋歌のシーン中。
「フリア。行かないで」
恋歌はとてつもなく切なく寂しい表情をしている。見ているこっち側にまで感情が伝わってくる。稽古当初とは歴然の差だ。
「……ごめんなさい。もう決めた事なの」
真里亜の決心した芝居。やはり、素晴らしい。力強さを感じる。
「……フリア」
「こうしないと、2人とも幸せにならないの」
「でも」
「私がここに居たらお姉ちゃんがお父様に処分されちゃう」
「……それは」
「だから、私が死んだ事にして」
「……フリア」
恋歌は胸元を握り、その場に膝から崩れ落ちた。全ての所作に感情が入っている。決して、段取りで動いていない。
「私は大丈夫だから。ねぇ」
真里亜は恋歌を抱き締める。本当の姉妹のような距離感だ。最初のぎこちない距離感とは大違い。
真里亜に抱き締められた恋歌の顔が少しずつ赤くなり、瞼が濡れ始める。そして、涙がこぼれていく。
「フリア。フリア……」
恋歌は泣きながら芝居をしている。見ている俺も泣きそうになってくる。
「お姉様……」
「……ごめん。ごめんなさい。こんな酷いお姉さんで」
「そんな事ないよ、お姉様。……私はお姉様を愛してる」
「フリア……」
「さようなら。幸せになってね」
真里亜はニコッと笑ってから下手に去っていく。
切なくて胸が張り裂けそうになる。
「……フリア」
恋歌は真里亜が去った下手側に右手を伸ばす。
「……私って馬鹿だ。今頃、気づいたの。……貴方が世界で一番大切な妹だって。
今までの事を許してとは言わない。でも、これだけは言わせて。貴方が私の妹で居てくれてありがとう」
恋歌は伸ばしていた右手をゆっくり、胸に持って行く。そして、左手を右手に重ねる。その芝居はソフィアがフリアとの思い出を抱き締めているかのよう。
恋歌が伝えたい感情が俺達に素直に伝わってくる。
残りは俺と真里亜のシーンだ。ここで失敗すればみんなの努力が水の泡だ。気合を入れろ、俺。
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