第32話

5月8日。放課後。

 今日の稽古から音響と照明が参加する。今までとまた違った雰囲気で稽古が出来る。そして、本番がどんなふうになるかをイメージできる。

 俺は音坂さんと一緒に音響機材を台車に乗せて運んでいる。これは普通に運んだら危険だ。重いし、落としたら壊れるし。何より、これを女性一人に持たせるのはよくない。

「たっつーに頼んで正解だよ」

「どうもです。稽古の時は毎回運びます」

「あんがと」

「はい。手伝ってもらうわけですから」

「そう。あれだよね。たっつーってさ。見た目と性格のギャップがいいよね」

「い、いきなり何ですか?」

 急に何を言い出すんだ、この人は。

「いや、ただの感想だよ。顔を赤くして可愛い」

「可愛くないですよ。俺なんか」

「可愛いの。あたしからしたらね」

「いや、可愛くないです」

 怖いと言われるのも嫌だけど、可愛いと言われるのも嫌だ。

「可愛い。先輩に口答えする気?」

「す、すいません」

 先輩権限には逆らえない上限関係が染み付いた俺の身体と脳。こればかりはどうにもできない。

「あー楽しい」

「俺は楽しくないです」

「ハハハ、拗ねないでよ。たっつー」

 音坂さんは笑いながら言った。

「拗ねてません」

「拗ねてるよ、拗ねてるよ」

「うるさいです」

「反抗した。あーもうたまらない」

 音坂さんは楽しそうに俺をからかい続ける。

 本当にこの人は。まぁ、こんなふうに楽に接してくれる人は好きだからいいんだけど。

 走行している内にダンススタジオ5の前に着いた。

「それじゃ、わたしがドアを開けるから機材を台車から降ろして中に入れてくれない」

「了解です」

 音坂さんがダンススタジオ5のドアを開ける。

「あ、どうも。音響の音坂奏っす。よろしく」

「よろしくお願いします」

 ダンススタジオ5の中に居るメンバーは挨拶をした。二重丸が居ない。きっと、二重丸は照明の先輩を呼びに行ったのだろう。

 俺は台車の車輪を固定してから、音響機材をダンススタジオ5の中には運ぶ。

 ダンススタジオ5の中に居るメンバーは俺が通れるように道を作ってくれる。

「音坂さん。どこに置けばいいですか?」

「うんとね。そこの機材の前において」

 音坂さんはもともとダンススタジオに備え付けられている大きい音楽プレーヤーを指差した。

「了解です」

 俺は音響機材を音楽プレーヤの前に置く。その後、また台車の方に戻って、音響機材を持つ。そして、また音楽プレーヤーの前に運ぶ。

 ――5分程が経った。

 俺は全ての音響機材を運び終えて、ちょっと休憩している。

 音坂さんは俺が運んだ音響機材を調整している。そこまではさすがに手伝えない。専門外の事はしないほうがいい。手伝ったら迷惑でしかない。

 ドアが開いた。そして、二重丸と黒髪ショートの女性が入って来た。その女性は上下黒。靴も黒色のスニーカー。帽子だけはピンク色のベースボールキャップだ。なんと言うか、音坂さんと真逆のタイプの人みたいだ。ボーイッシュだけど凛としている。それに顔立ちははっきりしている美人だ。

「照明を担当してくれる光原明彩さんです」

 二重丸は言った。

「はじめまして。光原明彩です。よろしく」

 光原さんはクールに挨拶をした。クールビューティと言えばいいのか。

「お、みっちゃんじゃん。お久」

 音坂さんは普段と同じどおりにテンションで挨拶をした。

 光原さんは手を軽く上げて挨拶を返した。

「なにそれ、冷たい」

「うるさい。後輩の前」

「別にいいじゃん」

「よくない。奏の悪い所」

 もしかしたら、俺はこの光原さんと気が合うかもしれない。考え方が似ていると思う。

「さーせん。まぁ、よろしくね」

 音坂さんは光原さんの肩を軽く叩いた。

「うん。よろしく」

 性格は真逆で間違いなさそうだが仲が良さそうだな。この2人。

 ――数分が経った。

 俺達、役者陣は床に座って、仲山先生が来るのを待っている。今日の稽古では衣装を着ないでいいと言う指示があったからみんなジャージ姿だ。

 美島さんと光原さんと音坂さんは長テーブル前の椅子に腰掛けている。音坂さんの前には音響機材と音響台本が置かれている。

 光原さんの前には照明台本が開いてある。

 ドアが開き、仲山先生がダンススタジオ5に入って来た。

「おはよう」

「おはようございます」

 俺達と美島さんと音坂さんと光原さんは立ち上がって、挨拶をした。

「音坂と光原。今日から頼むな」

「りょうかいでーす」

「任せてください」

「それじゃ、早速稽古を始めていくぞ」

「はい」

 俺達は元気よく返事をした。

「よし。まずはみんな座ってくれ」

 仲山先生は長テーブル前の椅子に腰掛けた。

 俺達は床に座った。美島さんと音坂さんと光原さんは椅子に腰掛けた。

「それじゃ、今日は照明のタイミングや音楽を鳴らすきっかけ台詞などを確かめていく。台詞などは感情を入れなくていい、今回の稽古はお前達の為じゃなくて、音響や照明のための稽古だ。分かったな」

 俺達は深く頷いた。

「よし、それじゃ、最初のシーンから始めて行くぞ」

 俺達は頷いてから立ち上がる。そして、それぞれの位置に向かう。

 上手下手には狛田もなとりさが立っている。

 俺は中央で待機中。

「まず、上手下手はサスで頼む」

 仲山先生は光原さんに説明している。

 サス。照明用語なのだろう。

「分かりました。緞帳が開くまでの台詞をお願いしていいですか」

「わかった。もなとりさ。台詞を言ってくれ」

「分かりました」

「言います」

「この物語はとても遠い未来の物語」

「人間を試験管から生み出す技術が確立されてから、百年が経った。人間は二つの階層に分けられるようになった」

 狛田もなと狛田りさが台詞を言った。

「特定の人間達の遺伝子から作られた量産型のクローン達の貧富層。そして、遺伝子組み換えされて様々な才能を与えられた富裕層」

「貧富層はどんなに夢を描いても叶える事は出来ない」

「しかし、NO.1189はそれでも夢を持っていた」

「OK。一旦中断」

 仲山先生が止めた。そして、光原さんに「ここでサスを消してくれ」と言った。

「2人がはけるまで待たなくていいですか?」

「待たなくていい。台詞終わったらすぐに消してくれ」

「分かりました。じゃあ、続きですね」

「センターにピンスポットを当ててくれ。NO.1189はピンスポットが当たってから台詞を言うから」

「分かりました」

 光原さんは照明台本にペンで書き込んでいる。

「龍野。ピンスポットが当たってから「ここが城か」を言ってくれ」

「分かりました」

「じゃあ、台詞を行ってくれ」

 俺は頷く。

「ここが城か」

「台詞を言い終わりで音楽を鳴らしてくれ」

「りょうかいです」

「照明はNO.1189がピンスポットから出ていた瞬間消してくれ」

「はい」

「じゃあ、龍野もう一回やるぞ。動きもありで」

「分かりました」

「音坂準備は大丈夫か」

「いつでも大丈夫です」

「じゃあ、龍野どうぞ」

 俺は頭を縦に振った。

「ここが城か」

 台詞が終わると同時に音坂さんがオープニングの音楽を鳴らした。

 俺はその場から去っていく。

 こんな感じで確かめていくんだな。昔は当たり前のように観客として劇を見ていたけど、裏側は色々と覚える事やする事が多いんだな。みんなが作品を成功させたいと言う気持ちがなかったら成立しないんだ。みんなが成功させたい気持ちがあるからこそ、観客達は感動したりするんだろう。自分が見る側から演じる側に変わって気づけた事だ。


午後8時。本校舎のフリースペース。

 音響や照明の確認稽古が終わり、俺達は自主練をしていた。

 お芝居の稽古は今日は出来ていない。だから、こうやって自主練をして芝居の向上に努めている。少しでも稽古しないと不安になってしまうのだ。どれだけやっても、何か課題が出てくる。その課題を克服していくのが楽しくて楽しくてたまらない。完璧な芝居なんてないのかもしれない。でも、完璧を目指さないとお客さんに対しても自分に対しても舞台の共演者やスタッフの方々や仲山先生にも失礼だ。

 二重丸と恋歌が俺のもとへ駆け寄って来た。

「虎ちゃん。次、僕らのシーン見てくれる?」

「わかった。どこを重点的に見ればいい?」

「そうだね。僕は変な動きとかしてないか見てくれない」

「了解。恋歌は?」

「ウチも動きを重点的に。お芝居で気になった事があったら言って」

「OK。じゃあ、2人の好きなタイミングで初めて」

 2人は頷いた。そして、お芝居を始める。

 舞台って難しいなと思う。個人技の部分もあればチームプレイの部分もある。どちらかに偏るのはよくない。だから、バランスが難しい。自分だけの時間も大切だけど皆との時間もそれと同じくらい大切だ。


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