第34話

5月24日。リハーサル当日。午前8時30分。

 俺達役者陣は集合してから、本番を行う劇場・第五アルス劇場に向かっていた。

 美島さんや音坂さんや光原さんは先に劇場入りしているらしい。

 それにしても、この島は広すぎる。道を少しでも間違えたら大幅な時間ロスだ。当初は現地集合にしようと思った。しかし、誰かが道に迷えば、その迷った人を探す為にかなりの時間を要する可能性がある。だから、現地集合ではなく本校舎に一度集合してから移動する事にした。

 集合時間は午前9時。出来れば10分前。遅くても5分前には劇場に着きたい。まぁ、この調子なら残り15分ぐらいで着きそうだ。

「あー重い。荷物が重すぎる」

 二重丸はリュックを背中から背負い、キャリーバックを引きながら歩いて、うな垂れている。

「仕方ないだろ。俺がちょっと持ってやるから」

「ありがとう。虎ちゃん」

 俺は二重丸のキャリーバックを代わりに引く。二重丸よりは衣装などが少ないからキャリーバックを二つ引いても別にしんどくはない。

「龍虎っち。あたしのも運んで」

「頑張れ。二重丸の衣装よりは軽いだろ」

「うん。ただ楽をしたいだけ」

 真里亜は本音をこぼした。 

 こいつ、ふざけてやがる。女の子じゃなかったら、顔をつねっているところだ。

「なんだと。あとで説教してやる」

「えーそれはご勘弁」

「じゃあ、頑張って歩け」

「了解ですー」

 ――15分が経った。

 視界の先に劇場が見える。あれが第五アルス劇場か。劇場の入り口に美島さんが立っている。

 第一アルス劇場に比べれば小さい劇場だな。けど、普通に考えれば大きい劇場だ。たしか、収容人数は300人。本土の劇場なら名の通る劇団が使うぐらいの規模。だから、俺達にとってはかなり大きな劇場だ。

 俺達は美島さんに向かって手を振る。

 美島さんは俺達に気づき、手を振り返してきた。

「あともう少しだ。みんな頑張れ」

 みんなは頷く。

 俺達は美島さんのもとへ行く。

「おはようございます」

 美島さんは俺達に頭を下げて、挨拶をしてきた。

「おはよう」

 俺達は元気いっぱいに挨拶をする。まぁ、歩いて来てちょっと疲れているが。

「それじゃ、早速中に入りましょう」

 劇場の入り口の自動ドアが開いた。

 俺達は劇場の中に入る。

 エントランスは学校の施設とは思えないほど立派だ。紅色の絨毯が敷かれおり、オブジェなどが設置されている。

 さらにクリアケースには今までこの劇場で行われた舞台で使われた小道具の一部が展示されている。

 あれ、急に緊張してきたぞ。今まではそんなに緊張していなかったのに。

 俺は深呼吸をして、息を整えた。

「9時30分からリハーサルが始まります。それまでに皆さんは準備をしてください。服装はジャージで大丈夫です」

 美島さんがスケジュールを説明してくれる。

「了解です」

 俺達は返事をする。

「じゃあ、まずは楽屋に案内します」

 美島さんは関係者通路へ向かう。

 俺達は美島さんのあとについていく。

 美島さんが「女子楽屋」と書かれた紙が貼られた部屋の前で立ち止まった。

「ここが女子楽屋です」

「はいよ」

「案内ありがとうよ」

「了解した」

「承知した」

 女性陣は楽屋に入って行った。

「じゃあ、男子楽屋に案内します」

「お願いするよ」

「早く座りたい」

 俺達は美島さんのあとをついていく。

 美島さんは「男子楽屋」と書かれた紙が貼られた部屋の前で立ち止まる。

「ここです。お2人で使ってください」

「了解。ありがとう、美島さん」

「色々とありがとうね。美島さん」

「いえいえ、お二人共リハーサル頑張ってくださいね。ファイトです」

 美島さんは両手をグーにして言った。

「うん。頑張るよ」

「全身全霊で頑張る」

「はい。それではまた後で」

 美島さんは去って行った。

「じゃあ、入るか」

「うん。早く椅子に座りたい」

 男子楽屋のドアを開けた。

 俺と二重丸は男子楽屋の中に入った。

「広いね。虎ちゃん」

「だな。2人で使うには広すぎるな」

 男子楽屋は大人数が入る大部屋だった。部屋中央にはテーブルが設置されている。テーブル上には1リットルの水と麦茶とスポーツドリンクのペットボトルが一本ずつと紙コップが置かれている。

 化粧台が両サイドに8台ずつある。奥には畳が敷かれている。俺達2人だけじゃ持て余す程に広い。

「まぁ、座れるなら何でもいいけど」

「その通りだな。邪魔にならない所に荷物を置いてからだけどな」

「了解だよ」

 俺と二重丸は畳の横のスペースにキャリーバックやリュックを置いた。その後、俺と二重丸は化粧台前の椅子に腰掛けて、休憩する。

「あー疲れた」

「ちょっと休憩したらジャージに着替えて、ステージの方へ行くぞ」

「うん。分かった。けど、今は暫し休憩を」

「はいはい。わかった」

 今、二重丸に何を言っても動かないだろう。それにちょっとぐらい休憩してもいいだろう。まぁまぁな距離を歩いて来たのは事実だし。


 午前9時25分。

 俺達はステージの上で柔軟やストレッチや発声練習などをしている。ステージ上から見る観客席は新鮮だ。今は誰も座っていないが、これが何人かは座ってくれるのだろう。

 この大きさの劇場ならある程度の距離だったら観客の表情が良く見えるな。リアクションなどが直で分かる。……面白くなかったりして寝られたら、それが見えるって事だもんな。演者からしたら結構精神的にくるやつだな。

 あと、ステージの際にはセンターを0にして、両方に等間隔で数字が5まで書かれたものが設置されている。これはなんなんだろう。

 観客席の一番奥には音響卓があり、その前の椅子に音坂さんが腰掛けている。周りには音響コースの生徒が6人居る。音坂さんが呼んでくれた。照明の方も光原さんが5人ほど仲間を呼んでくれている。

 ――午前9時30分になった。

 仲山先生が観客席の中央通路に置かれた長テーブルのもとへやってきた。そして、長テーブルの上に置かれているマイクを手に取った。

「おはよう。みんな」

「おはようございます」

 俺達は立ち上がって、挨拶をする。

「これからジーンリッチとNO.1189のリハーサルを行っていく。最初のシーンからやっていく。音坂や光原以外にもスタッフの子達や先生も来てくれている。龍野、劇団ハネイの代表として挨拶をしてくれ」

「わ、分かりました。皆さん、おはようございます。劇団ハネイの龍野虎琉です。劇団ハネイの公演をお手伝いしていただく事を感謝しております。今日のリハーサルと明日の本番頑張って行きましょう。そして、最高の作品を全員で作っていきましょう。よろしくお願いします」

 俺はスタッフの方達に頭を深く下げた。

「いい挨拶だ。諸岡、すまないがお前以外は初めての舞台だ。だから、自分の出ていないシーンの時も袖で待機して、何かあったら説明してあげてくれ」

「わかりました」

 真里亜は大声で言った。

「よし、まずはピンマイクのマイクテストをしていく。もなとりさと龍野はピンマイクを付けてもらえ」

「はい」

 俺と狛田姉妹は返事をする。

「他のメンバーは袖か観客席で待機。スタッフの方々の邪魔にならない所で居てくれ」

「わかりました」

 真里亜以外のメンバーは観客席の方へ言った。

「頑張ろうね。龍虎っち」

「おう。頑張ろうな。真里亜」

 真里亜は嬉しそうに頷いた。

「龍野さんですね。ピンマイク付けますね」

 女性音響スタッフがピンマイクを持って来た。

「はい。お願いします」

「汗とかでテープが外れやすくなったりするので、何かあれば言ってください」

「分かりました」

 女性音響スタッフがピンマイクを付けてくれている。

「これでOKです」

「ありがとうございます」

 音響スタッフの人は上手袖に行った。

 もなとりさもピンマイクを付けてもらい終えたようだ。

「それじゃ、まずマイクテストを行う。それぞれ声を出してくれ」

 仲山先生が俺達に指示を出す。

「もなちゃん、りさちゃん、龍虎っち。自分の名前を言ってから、台詞を言ったらいいから」

 真里亜は優しく教えてくれた。

 もなとりさは振り向き、頷く。

「狛田もなです。この物語はとても遠い未来の物語」

 もなの声がマイクに通る。そして、劇場に響いていく。

「もなさん。OKです。次の方、お願いします」

 音坂さんの大きな声が聞こえてきた。

「狛田りさです。人間を試験管から生み出す技術が確立されてから、百年が経った。人間は二つの階層に分けられるようになった」

「りささんもOKです。次の方」

「龍野虎琉です。ここが城か」

 自分の声がマイクに通る。自分の声が前だけじゃなくて全体に広がっていく感じがする。

「OKです」

「じゃあ、リハーサルをしていくぞ」

「もなとりさ、上手下手の袖に行ってくれ」

 もなとりさは返事をして、上手と下手の袖に行った。

「龍野はステージ中央で待機。0と数字が書かれたものがあるだろ」

「はい。あります」

「それがバミリってやつだ。そして、0が舞台中央だ」

「分かりました」

 俺は舞台中央に行く。

「龍虎っち。緞帳には気をつけてね。ここなら大丈夫だけど、真下に居たら挟まれて大惨事になるから」

 真里亜は降りていない緞帳を指差して説明してくれた。

「わかった」

「それじゃ、何かあったら呼んで。下手袖に居るから」

「了解」

「じゃあね」

 真里亜は下手袖に行った。

「すいません。緞帳を降ろしてください」

 仲山先生はスタッフに指示を出す。すると、緞帳が降りてきた。

 緞帳が降り切った。俺からは全く観客席が見えない。

 こうやって、リハーサルが進むにつれて、明日本当に本番をするんだなって実感する。そして、それと同時にプレッシャーがどんどん大きくなっていく。

 気合を入れて、頑張らないと。ふんばれ、俺。


 午後8時30分。外はすっかり真っ暗だ。舗装された道の両脇に設置されている外灯以外の明かりはない。

 リハーサルが終わり、身体はくたくただ。

 俺達は衣装などを劇場に置き、自分達の寮へ向かっていた。

 今日は劇場と稽古場の大きさの違いなどに手間取った感じがする。稽古場と劇場のステージでは奥行きなどが違う。だから、芝居の距離などを調整しないといけない。

 音響や照明とタイミングを合わせるところが難しい。特に照明とタイミングを合わすのが難しい。それに照明のライトがあんなにも熱いものなんだとは知らなかった。当たっている間は尋常じゃない汗が出てくる。

 ピンマイクが外れないように気をつけないと。劇場に入ってから気づく事が多い。少しでも早く対処していかないと。

 女子寮の前に着いた。

「お疲れ様。明日もよろしく頼むな」

 女子陣は頷いた。もう声を出すが辛いぐらいに疲れているのだろう。

 俺もかなり疲れているし、二重丸は体感10キロぐらい減ったように見えるし。

 女子陣は女子寮に入って行った。

「虎ちゃん。ここで野宿って選択肢はない?」

「ない。ここで野宿したら変な噂がたつだろ」

 疲れて動きたくないのは分かるが、女子寮の前で野宿は世間的にやばい。最悪、停学だってありえるぞ。

「そっか。なしか」

「なしだ。休憩しながらでいいから男子寮に帰るぞ」

「わかったー」 

 俺と二重丸は男子寮に向かう。

 荷物を持って帰らなくてよかったのだけが幸いだ。これで荷物を持って帰らないと行けなかったらかなり辛いものがある。


 午後9時。男子寮の自分の部屋に着いた。

 電気を点けて、明かりを灯す。このまま座れば寝てしまいそうだ。

 俺はお風呂を沸かしながら、明日の用意をする。

 リハーサルがこれだけハードなものだとは知らなかった。もっと、体力をつけないといけないな。今後の目標の一つが出来た。

 ズボンのポケットに入れているスマホが鳴る。

 俺はズボンのポケットからスマホを取り出して、画面を見る。

 画面には「明日、頑張ろうね」と言う真里亜のメッセージが表示されている。

 俺はスマホを操作して、「おう。頑張ろう。最高の舞台にしよう」と真里亜にメッセージを返した。すると、すぐに猫が「頑張ります」と言っているスタンプが表示されている。

 真里亜のやつ、あー見えて、こう所はしっかりしているよな。

 真里亜に出会わなければ、明日の公演もなかった。本当に真里亜様様だ。

 俺は明日の用意をし終えて、床に座って、お風呂が沸くのを待つ。

 あーやばい。座った途端、睡魔が襲って来る。眼を閉じたら、即寝てしまうなぁ。

 俺は寝てもいいように21時30分、21時40分、21時50分、22時、23時にアラームを設定した。これなら今、寝てしまっても起きられるはずだ。

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