第21話
4月28日。放課後になり、「ジーンリッチとNO.1189」の稽古をしている。
現在はそれぞれのシーンのクオリティをあげる為にシーン稽古をしている。
シーン稽古は一作品を通して稽古するんじゃなくて、シーンごとに稽古をする方法だ。出ている真里亜と嬢之内以外のメンバーは2人の芝居を見ている。
他人の芝居を見る事も稽古。仲山先生は俺達にそう教えてくれた。
他人の芝居を見て、自分の芝居に取り入れたり、自分が思いつかない芝居を知るのが勉強になるらしい。
それはその通りだと思う。真里亜は異性だが勉強になる。所作や感情の揺れ動き、息継ぎなど目の前に居るのは真里亜なはずなのに別人に見える。これがお芝居なんだ。俺達はまだまだこの域に行けていない。少しでも、早く行かないと。
それに他人の芝居を見ていないと、どうにかなりそうな自分が居る。
昨夜からずっとどうNO.1189を演じればいいかどうか悩んでいる。それと俺が本当に人前に立って芝居をしていいのだろうか。色んな事を考えてしまって、頭が爆発しそうだ。こんな事今までなかったのに。どうしたんだろう。俺は。
「フリア。行かないで」
ソフィアを演じる嬢之内が言った。このシーンは城から脱走しようとするフリアをソフィアが止めようとするシーンだ。
「……ごめんなさい。もう決めた事なの」
フリアを演じる真里亜は本当に申し訳なさそうな表情をしている。
「……フリア」
「こうしないと、2人とも幸せにならないの」
「でも」
「私がここに居たらお姉ちゃんがお父様に処分されちゃう」
「……それは」
「だから、私が死んだ事にして」
「……フリア」
嬢之内はその場に倒れこんだ。
「私は大丈夫だから。ねぇ」
真里亜は嬢之内を抱き締める。
脚本のト書き通りなら、ここで嬢之内は涙を流さないといけない。
「フリア。フリア……」
嬢之内は必死に泣こうとしている。しかし、瞳から涙がこぼれていない。
「お姉様……」
真里亜は嬢之内から離れて、去ろうとする。
「……ごめん。ごめんなさい。こんな酷いお姉さんで」
「そんな事ないよ、お姉様。……私はお姉様を愛してる」
「フリア……」
「さようなら。幸せになってね」
真里亜は下手に去っていく。
「……フリア。……私って馬鹿だ。今頃、気づいたの。……貴方が世界で一番大切な妹だって。今までの事を許してとは言わない。でも、これだけは言わせて。貴方が私の妹で居てくれてありがとう」
嬢之内は台詞を言った。だけど、台詞に感情がしっかりと乗っていない。そのせいで、真里亜との演技の差が顕著に見えてしまう。
嬢之内は芝居を続ける。手で顔を覆い隠して、泣こうとしている。しかし、全く涙が出ない。やろうとしている事に身体や心が追いついていない。そんなふうに見える。
「はい。OK」
仲山先生が終わりを告げる。
嬢之内は顔を上げて立ち上がり、仲山先生の前に行く。
真里亜は嬢之内の隣に行く。
「まず諸岡。お前は。さよなら、愛してるの後の所に決心する芝居が欲しい」
「はい。それは大げさの方がいいですか?」
「いや、大げさじゃなくていい。少しだけだ」
「分かりました」
真里亜の駄目出しは他のメンバーとは次元が違う。駄目だしを聞くだけで自分達と真里亜の間にあるレベルの差に絶望してしまいそうになる。
これが天才なのか。羨ましくも思える。それに嫉妬してしまう奴らの気持ちも分かってしまう。演技をしてきた年数が違うのは仕方が無いのかもしれないが、同い年でここまで格が違うと、悔しくて悔しくてたまらない。
「次は嬢之内。お前はもっと感情を素直に前に出してみろ。このシーンでお前が感情を爆発させるかさせないかでこの作品のクオリティがかなり変わってくる。先生の言っている事分かるな」
「……はい」
「でも、しようとしている事は分かる。だから、どうにか自分の殻を破ってくれ。少しでも早くな」
「……分かりました」
嬢之内の表情は悔しそうだ。あんな顔をする嬢之内を見たのはかなり久しぶりな気がする。
「あと最後の芝居は顔を手で覆い隠すな。遠くを見て、泣けよ。じゃないと、お前の見せ場が台無しになる」
「は、はい」
「駄目だしは以上だ。嬢之内は下がってくれ。諸岡は上手で待機」
真里亜と嬢之内は頷いた。
嬢之内は俺達が座っているところへ来て、座った。
嬢之内は座るやいなや、台本を開き、赤いペーンで何か書き込んでいる。
真里亜は上手に行き、何かを考えている。
「よし、次のシーンに行くぞ。龍野出て来い」
「はい」
俺は立ち上がり、仲山先生の前に行く。
「……大丈夫か。やれるか?」
仲山先生が俺の顔を見て、心配そうに言った。
「はい。大丈夫です」
本当は大丈夫ではない。でも、自分の事だ。ここで悩みをぶちまけるのは他のメンバーの稽古時間を減らしてしまう。
「それなら思いっきりやってくれよ」
「はい」
俺は上手側に向かう。今は悩んでいる暇なんてない。出来る事に全力でやらないと。
「龍虎っち。ファイト」
真里亜は俺にだけ聞こえるぐらいの声で言った。
「お、おう」
「それじゃ、スタート」
仲山先生がシーンを始める合図を出した。
俺は上手から舞台後ろ中央に行く。
「……もう少しだ。もう少しで外に出れる。ここから出れるんだ」
俺はゆっくりとゆっくりと前に進んでいく。
「おい。フリア姫が死んだらしぞ」
「本当か?」
「あぁ、城周りの水路に飛び降りて死んだらしい」
「なんで?理由は?」
「知るかよ」
「……そ、そうだよな」
狛田姉妹が男性兵士みたいな声色に変えて、座っている場所から言う。
「……そ、そんな」
俺はその場で倒れ込んだ。
「なんで、なんでだよ。う、うそだぁぁああ」
フリアが亡くなったと思い込み、発狂するNO.1189の芝居をする。
「貴様、何者だ」
「ここで何をしている」
狛田姉妹が男性兵士の声を出す。
「来るな。来るな」
俺は右手でジャージのズボンのポケットからモデルガンを取り出し、周りに向ける。
「……フリアが居ない世界なんて。フリアが居ないなら外に出ても意味がない。……き、君のもとへ行くよ……」
俺は下を向きながらモデルガンを右側のこめかみに当てる。そして、呼吸を乱す。その後、モデルガンの引き金を引き、その場に倒れこんだ。なんで、俺は下を向いたんだ。いや、理由は分かる。下手な芝居をしている自分の顔を見られたくなかったから。自分の芝居に、自分に自信がないから。
足音が聞こえる。
「……噓。噓でしょ。なんで、なんで」
真里亜が倒れている俺の顔を触り、泣いている。真里亜の涙が俺の顔に零れ落ちる。
「貴方が居ない世界に意味なんかないの。貴方と一緒だから外に行く意味があるの。外に出たら、私が君に名前を付けるって約束したじゃない」
真里亜の涙交じりで台詞を言う。
「……私も貴方のもとへ行くわ。ねぇ。リベル。ごめんなさい。言っちゃった。リベル。この名前が貴方の名前よ。番号じゃない。貴方だけの名前……」
真里亜は俺が右手で握っているモデルガンを手に取り、自身のこめかみに当てて、引き金を引き、俺の上に覆いかぶさってきた。
俺と真里亜は仲山先生がOKと言うまで身体を動かさない。動かしてしまえばその瞬間、全てが台無しになってしまう。
――20秒程が経った。
「はい。OK」
仲山先生が終わりの合図を出した。
「1人で立てるか?」
「うん。平気。まだ密着していた方がいいかな」
真里亜が耳元で囁いてくる。
「馬鹿。今すぐ立て」
「冗談だよー」
真里亜はぱっと立った。
立てるならすぐそうしろよ。本当に何を考えているか分からないな。それにさっきまであんなに泣く芝居をしていたのに今はけろりとしている。女優って凄いし、怖いな。いつも思ってしまう。
俺も真里亜のすぐ後に立ち上がった。
「諸岡は今の所言う所はない」
「は、はい」
真里亜は驚いている。駄目だしがあると思うのが普通だから仕方がないか。
「逆に龍野。お前には言わないといけない事がある」
「……はい」
「まず感情表現が出来ていない。それじゃ、悲しさが観客に伝わらない。それに気持ちで動いていない。全て段取り通りでしようとしている」
「……はい」
いつもに比べて、駄目だしの口調がきつい気がする。……出来ていない自分が悪いんだけど。
「それになぜ、こめかみに銃を当てる時下を向いた」
「……それは」
「なぜだ。言ってみろ」
「…………」
言えない。自分の顔を見られたくないなんて。
「言ってみろ」
「……言えません」
「お前は真面目だけど頑固者だな」
「…………」
早く終わってくれ。稽古を続けてくれ。
「顔を見られたくないんだろう?」
「……え、あ、それは」
「そうか。そうだったんだな」
「……はい」
なんで、俺が気にしている事が分かるんだ。
「龍野。お前はその自分の顔が嫌いなのか?」
「……いや、それは」
親がくれた顔だ。嫌いな訳じゃない。でも、この顔で色々と嫌な思いをしてきたのも事実。こんな顔じゃなきゃ違った人生を送れたかもっと思ったこともある。
「嫌いじゃないならよかった。お前のその顔も才能だ」
「……才能?」
仲山先生は何を言っているんだ。意味が分からない。この顔のどこが才能なんだ。
「あぁ。お芝居ってのはどんな部分でもその人だけの武器になるんだ。その武器が他人に代用できないものなら特に」
「……はい」
……そうなのかな。俺のこの顔だって武器になるのかな。
「お前はその顔をコンプレックスに感じているのかもしれない。でもな。芝居の中でも舞台の上、いや、板の上ではそのコンプレックスは輝くんだ。誰にも負けない輝きを放つんだ。そして、その輝きは観客達を魅了する。だから、そのお前だけの才能に自信を持て。……分かったな」
「…………はい」
コンプレックスが人を魅了する輝きになる。そんな考え方があるんだ。今まで自分の事を卑下しかしていなかった、だから、そんなに素敵な考え方があるなんてあるとも思わなかった。
……そっか。俺は芝居をしてもいいんだ。人前に立っていいんだ。
あれ、視界がどんどんぼやけていく。それに胸の中の触れられない部分が熱くなる。なんなんだ。この感じ。
「いい顔してるじゃねぇか。それだけ感情を表に出せたらいい芝居もできるさ」
ぼんやりとした視界だけど、仲山先生がテーブル前の椅子から立ち上がり、俺の方へ来ているのが分かる。
俺、もしかして、泣いてるのか。いや、泣いてるんだ。でも、なぜだろう。人前で泣いているのに恥ずかしくない。なんでか分からないけど。
「仲山先生……俺、人前に立っていいんですか。芝居していいんですか?」
「おうよ。人前に立っていいし、芝居をしてもいい。それにお前に魅力があるからこうやって、
お前に芝居を教えてるんだろ」
「……はい」
「真面目なのに馬鹿だな。お前は」
「すいません」
「謝るなよ。一緒にいい舞台にしようぜ。なぁ」
仲山先生は俺の肩を優しく叩いた。
俺、この学校に来てよかった。芝居を初めてよかった。もし、普通の学校に行っていたら、ずっと自分の事を卑下して生きていく人生だったと思う。でも、こうやって、コンプレックスが才能だと言ってくれる人に出会えた。真正面からぶつかってくる人に出会えた。
「……ありがとうございます」
「おう。顔を洗って来い。そのままじゃ、芝居できないだろ」
「分かりました」
俺は腕で涙を拭って、周りを見た。
周りのみんなは顔を真っ赤にして泣いていた。なんていい仲間なんだろう。このメンバーだったら最高の舞台を作れると思う。
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