第20話

音響ルーム。

 ボーカルコースの生徒達が自分達の作った曲を録音したり、音響スタッフコースの生徒達が音響機材を扱う練習をする為の部屋。

 レコーディングブースと音楽機材ブースの二つに分かれている。

 俺と真里亜はその音響ルームの前に着いた。

 さぁ、どうしたものか。この学園に入って、先輩とちゃんと話した事がない。今だに二年生と三年生の俳優コースの人達が誰かも分からない。まず関わる機会が今の所ゼロだから仕方がないのだ。

「なんで、ずっと突っ立ったままなの?」

 真里亜は訊ねてくる。

「なんて言うかな。この学園に入ってさ。先輩と初めて話すから緊張してさ」

「へぇーそうなんだ。意外」

「意外か?」

「うん。普通に話せそうだと思ってた」

「そんな事ねぇよ。この怖い顔だから、地元では先輩からも怖がられてたし」

「酷いね、それ。こんな愛くるしくて面白い顔の人居ないのに」

「お、おう」

 それは褒めているのか。貶しているのか。どっちなんだ。きっと、真里亜の事だ。両方だろう。

「あたしは好きだよ。龍虎っちの顔」

「あ、ありがとう」

 急になんだよ。恥ずかしいだろ。真里亜はいきなりドキッとする事を言う。だから、驚いてしまう。

「じゃあ、そう言う事で開けるよ」

「どう言う話の流れだよ」

「流れなんか気にしない。気にしない」

 真里亜はドアを三回ノックした。

「はーい。どちら様?」

 音響ルームの中から女性の声が聞こえる。

「一年一組の諸岡真里亜です」

 真里亜は俺の顔を見てくる。きっと、これは君の番だよって言う事だな。

「一年十組の龍野虎琉です」

「お、話題の子達じゃん。入って入って」

 話題の子達?何か噂でもされているのか。俺達は。

「それじゃ、失礼しまーす」

「失礼します」

 真里亜がドアを開けた。そして、俺達2人で音響ルームに入った。

 音響機材の前の椅子に腰掛、棒付きの飴を舐めている柄シャツに黒のスキニーパンツを履いた女性生徒が居た。髪の毛は銀髪のロング。瞳の色は赤。モデルようにスタイルがよく。出ている所は出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。無茶苦茶美人だ。女優と言っても過言ではない。それに大人びている。

「私は二年の音坂奏(おとさかかなで)。よろしく。それでどうしたの?」

「えーっとですね。今度、僕らの公演に音響スタッフを頼める人を探していまして」

「そう言う事ね。やってあげる。私が」

「え、本当ですか?」

「うん。面白そうだし。それにそんな噓は吐かないよ」

「あ、ありがとうございます」

 俺は頭を下げた。そして、隣に入る真里亜を見る。真里亜は頭を下げずに俺の方を見ている。

 俺は真里亜の頭を掴み、無理やり下げさせた。

「あ、そうだった。ありがとうございます」

 真里亜は感謝の言葉を言うのを完全に忘れていたみたいだ。

「やめて、やめて。そう言うの。恥ずかしいから」

 俺と真里亜は頭を上げた。

「じゃあ、連絡先教えるね。いつの稽古から来たらいいかとか連絡して」

 音坂さんは黒のスキニーパンツのポケットからスマホを取り出した。

「分かりました」

 俺はジャージのズボンのポケットからスマホを取り出す。そして、音坂さんと連絡先を交換した。

「それにしても、本当に劇団作るんだね」

 俺達が劇団を作るって言う事が上の学年にも知れ渡っているのか。

「はい。オーディションとか受けたくて」

「へぇーそれならいいじゃん。でも、気をつけなよ。この学校めんどくさい奴ら多いから」

「わ、わかりました」

「まぁ、何かあったら奏先輩に言いなさい。そいつらしばいてあげるから」

 音坂さんはニコッと笑った。もしかしたら、この人怒らせたら怖い人なのかもしれない。

「ありがとうございます」

「おうよ。じゃあ、稽古楽しみにしてる」

「はい。じゃあ、失礼します」

「失礼します」

 俺と真里亜は音坂さんに軽く頭を下げた。その後、音響ルームから出て、ダンススタジオ5に向かう。

 音坂さんは俺の顔を見て、怯えなかった。あの人も俺の事を顔だけで判断しない人なのかもしれない。最初は俺の顔でびびられるかもと思っていたのに。

「よかったね。音響決まって」

「そうだな。照明の方はどうなっているかは心配だけど」

「まぁ、大丈夫じゃない。なるようになるさ」

 真里亜は脳天気な事を言っている。本当にマイペースと言うか、楽観的と言うか。まぁ、心配するよりは期待する方がいいな。

 二重丸の事だ。きっと、上手くしてくれているはずだ。

 ダンススタジオ5の前に着いた。

 ダンススタジオには待機してくれていた美島さんと狛田姉妹と二重丸と嬢之内が居た。

 二重丸と嬢之内が居るって事はあっちも照明スタッフを見つけたのだろうか。

 俺と真里亜はドアを開けて、ダンススタジオ5に入った。

「虎ちゃん。どうだった?」

 二重丸が訊ねて来た。

「無事、音響をしてくれる人を見つけたよ。そっちは」

「こっちも見つけたよ。二年生の光原明彩(みつはらあい)って人を」

「それはよかった。連絡先は教えてもらった?」

「うん。バッチリ。稽古の来るタイミング教えてって言ってもらった」

「そっか。それじゃ、仲山先生に伝えに行ってくる。二重丸と嬢之内ありがとうな」

「そっちこそありがとう」

「……まぁ、公演に必要だからね」

 嬢之内は顔を赤くしながら俯いた。どうした?熱でも引いたか。それだったら、休んでくれた方がいいんだけど。でも、さっきまで普通だったから違う理由か。それだったら、聞かない方がいいな。変に聞いて、キレられたりするのは面倒だから。

「あ、あたしは?」

 真里亜は目を光らせながら聞いてくる。

 子供か。お手伝いとかして、褒められたい子供と同じような顔をしているぞ。

「あ、ありがとう」

「どう致しまして」

 真里亜は嬉しそうにニコッと笑う。そんなに嬉しい事か。

「美島さんも狛田姉妹はありがとう」

 美島さんと狛田姉妹は頷く。

 俺はダンススタジオ5を出て、職員室に向かう。

 これで稽古に集中できる。それにしても、音響と照明をしてくれる人が見つかってよかった。

 俺達がやろうとしている事に関わってくれる人が居てくれてよかった。それが一番嬉しい。

 職員室の前に着いた。

 俺は職員室のドアを三回ノックした。

「1年10組、龍野虎琉です。仲山先生はいらっしゃいますでしょうか?」

「お、早いな。入って来い」

「はい。失礼します」

 俺は職員室のドアを開けて、職員室の中に入る。その後、デスク前の椅子に座る仲山先生のもとへ向かう。

「音響や照明をしてくれる人をもう見つけたのか?」

「はい。音響は音坂奏先輩に、照明は光原明彩先輩にお願いしました」

「お、あいつらか。あいつなら上手くやってくれるな」

「仲山先生はお二人方をしているんですか?」

「おう。一年の頃から有名だよ。変わった子達だけど腕は確かだ」

「そ、そうなんですね」

 仲山先生がこれだけ褒めるって事は本当に凄い人達なのだろう。俺達はラッキーだったのかもしれない。

「あぁ。公演頑張ろうな」

 仲山先生は俺の肩を叩いた。

「は、はい」

 俺と二重丸の我がままで始めた事なのにこうやって色んな人達が関わってくれている。もうこれは俺達だけのことじゃない。だから、成功させないといけない責任がある。今まで以上に頑張らないと。


午後9時。

 自主練や何もかも終わり、自分の部屋で「ジーンリッチとNO.1189」の台本を読んでいる。読めば読むほど、どうやって演じればいいかが分からなくなる。

 音響や照明をしてくれる人が見つかって、仲山先生に励まされた時はあんなにやる気があったのに。今は不安になってしまっている自分が居る。それはきっと、責任を自覚したからだと思う。下手なものは見せられない。関わっている人達に恥をかかせる事はできない。

 それに変な事を思ってしまう。こんな怖い顔をした俺が人前でお芝居をして、楽しんでもらえるのか。昔から、この怖い顔だけで損をしてきた。また、この顔で損をするかもしれない。でも、お芝居はしたい。俳優、役者になりたい。

 怖気づいているのだろうか。自分から言い出したことなのに。なんて、自分は勝手な奴なんだ。自分が自分を嫌いになってしまう。

 ……俺の顔がイケメンだったらこんな事を考えなくていいのだろうか。俺がもっと芝居の才能があればこんなふうに悩まなくていいのだろうか。

 ……分からない。どうしたらいいかがまったく分からない。

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