第11話

4月11日。2現目の授業。科目は仲山先生の舞台演技。

 俺達生徒は、仲山先生の動きに合わせて、ストレッチなどをしていた。

「よし、ストレッチ終わり。外郎売りするぞ。タブレット出せ」

 俺以外の生徒は棚からタブレットを出した。

 俺はタブレットを取りに行かなかった。

「おい、龍野。タブレットを忘れたのか」

「いえ、覚えました」

 昨日の晩、一度も見ずに10回連続言えるようになった。もう完全に言えると言う自信がある。

「おう。じゃあ、言ってみろ」

 仲山先生は笑顔で言った。

「はい。拙者親方と申すは、お立合いの中にご存知のお方もござりましょうが、お江戸を発って、二十里上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて青物町を登りへおいでなさるれば、欄干橋虎屋藤右衛門、只今は剃髪致して円斎と名乗りまする。元朝より大晦日まで、御手に入れまする此の薬は、昔、ちんの国の唐人、外郎という人、わが朝へ来たり、帝へ参内の折から、此の薬を深く籠め置き、用ゆる時は一粒ずつ、冠の隙間より取り出す……」

 ――周りが俺を見ている。緊張が止まらない。でも、後半に差し掛かってまで間違えていない。言えるぞ。言い切れるぞ。頑張れ、俺。負けるな、俺。

「ばちばち、ぐわらぐわらと、羽目を外して今日御出の何も様に、上げねばならぬ、売ねばならぬと、息せい引っぱり、東方世界の薬の元締、薬師如来も上覧あれと、ほほ敬って。ういろうはいらっしゃりませぬか」

 ……言い切ったぞ。失敗せずに言えたぞ。やった。

「龍野。所々聞き取り辛い箇所もあったがこの数日でよく覚えたな。先生は嬉しいぞ」

「あ、ありがとうございます」

 仲山先生が褒めてくれた。単純に嬉しい。もっと、練習しないと。

「みんなも龍野みたいに覚えろよ。覚えないといけない事はいっぱいあるんだからな」

「はい」

 俺以外の生徒達は返事をした。


 放課後。俺と二重丸はレッスンスタジオ52に向かっていた。やけにオーディション情報が掲示されているコルクボードが貼られている壁の近くに人が集まっている。とくに男が。何かいいオーディションでもあるのかな。

「人集まってるね」

「そうだな。どんな、オーディションかだけ確かめよう」

「そうだね」

 俺と二重丸は人集りの最後列に向かった。

 ……見えない。まったく見えない。見えないせいで余計に見たい。

「見えないね。どうする?」

「肩車してくれ。俺が情報を見て伝える」

「それは名案だね。乗って」

 二重丸は中腰の姿勢になった。

 俺は二重丸の肩に乗った。……よし、これで見れる。オーディション情報が掲示されているコルクボードを見た。

「……本当に?え、ヤバイ。ヤバイぞ。二重丸」

「な、なんのオーディション情報だったの?」

「ちょっと降りさせてくれ」

「わ、わかった」

 俺は二重丸から降りた。

「それで何のオーディション情報だったの?」

「聞いて驚くな。龍騎士シリーズ最新作の主要キャストのオーディションだ」

 龍騎士シリーズと言えば、20年以上続く特撮シリーズで、若手俳優の登竜門と呼ばれている。応募締め切りは6月十五日まで。

 俺と二重丸にとっては、小さい頃からの憧れであり、絶対に出演したい作品。このチャンスは逃したくない。

「え……本当に。ヤバイ。受けたい」

「よし、受けよう。どうしたら、受けれるか先生に聞いてみよう」

「そ、そうだね。善は急げだ」

 俺と二重丸は職員室に向かう。どんな事をしたって受けてやる。夢の一つを掴むチャンスが目の前にあるのに何もしないのは嫌だ。

 

 職員室の前に着いた。

 俺と二重丸は呼吸を整える。そして、精神を統一する。……落ち着くんだ。落ち着け。

「じゃあ、俺がノックするな」

「うん。お願い」

 俺は職員室のドアを三回ノックした。

「1年10組の龍野虎琉です」

「同じく1年10組の丸尾丸吉です」

「仲山先生にお聞きしたいことがあって来ました」

「僕も同じです」

「いいぞ。入れ」

 職員室の中から仲山先生の声が聞こえる。

「はい。失礼します」

「僕も失礼します」

 俺は職員室のドアを開けて、中に入った。俺が入った後、二重丸も中に入る。

 職員室の中には大勢の先生達が居た。皆さん、独特な雰囲気を醸し出している。この空気感に圧倒されそうな感じがする。何もなかったら行きたくない教室。

「お前ら、こっちだ」

 資料などが山積みで置かれているデスク前の回転式の椅子に座っている、仲山先生が俺達を手招きしている。

 俺と二重丸は仲山先生のもとへ向かう。

「どうした?何かあったのか?」

「……えーっと、龍騎士のオーディションを受けたくて」

「僕もです」

「あーあのオーディションか。お前達は無理だ」

 仲山先生は軽く言った。

「え?やってみないと分からないじゃないですか」

 引き下がれない。引き下がりたくない。オーディションを受けたい。ここで土下座してもいい。何をしたっていい。

「そうですよ。やってもないのに」

 二重丸も引き下がろうとしない。こう言うときの二重丸は心強い味方だ。

「やってないもなにも。お前ら、オーディション許可認定をもらってないだろ」

「……オーディション許可認定?」

「なんですか、それ」

「……はぁ。我が学園では、外部のオーディションを受ける場合、学校からオーディション許可認定をもらっていなかったら受ける事が出来ない事になってるんだよ」

 仲山先生は溜息を吐いて、言った。……オーディション許可認定なんて初めて聞いたぞ。

「それはどうやったらもらえるんですか?」

「学校内の劇団か映画部に所属するか、2月と9月と12月に行われる試験で一定以上の結果を出すかだ」

「……じゃあ、劇団か映画部に所属してきます」

「ぼ、僕も」

「それも無理だ。1年が劇団か映画部に所属出来るのは9月からになっているんだ」

「……そ、そんな」

 最悪だ。そもそも、オーディションを受けられないなんて。どうしても、受けたかったのに。ついてない。

「どうやっても無理なんですね」

 二重丸は俯いた。きっと、落ち込んでいるのだろう。

「そうだな。まぁ、お前らのそう言う前に進もうとしている所は先生嬉しいぞ。でも、今回は諦めろ。なぁ」

「……は、はい」

「わかりました」

 俺と二重丸は仕方なく返事をした。

 ……何か抜け道はないのかな。まだ、諦められない自分が居る。いや、諦めたくない。どうにかして、もがいてやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る