エピローグ~③

「さて俺が本当に芝元尊だと信じてくれたのなら、ボカーソウルになったというのも理解できるよね。そう。俺は犯罪被害者の魂だ。つまり他人に殺されたから、今こうして人の体に乗り移ることができ、真実を語る機会を得た」

「ちょっと待って。あなたが尊さんだと分かったけれど、殺したのは愛花さんでもないというのはどういう意味よ。それに何故あなたは里浜さんの体に乗り移ったの」

 震えた声で尋ねる志穂に、尊は里浜の口を借りて答えた。

「それは君の口からも真実を語らせる為だよ。今の状況で俺が君の体に乗り移り、殺したのは志穂でないと言っても、里浜さんは素直に聞かないと考えた。それなら俺と君だけが知る真実を語り、乗り移られた里浜さんにその内容を伝えればいいと思ったんだ。俺が乗り移っても体は動くだろうし、耳は聞こえているだろう。ただ俺が話している間だけは、同時に喋れないというだけのはずだ。違うかな」

 そこで一旦話すのを辞めて反応を伺った。すると里浜は恐る恐る話し始めた。

「は、はい。今は喋れます。て、手も足も自分の意思で動きます。ほ、本当に芝元さんなんですね」

 軽く体を動かし確かめ、それから目が潤みだした。尊からすると、志穂の姿や周囲の景色がぼやけて見える。

「涙を拭いてください。これだと前がよく見えません。それに志穂と話がしにくいのでお願いします」

 そう告げると彼女は素直に従い、ハンカチを取り出した。視界がクリアになり、目を見開いたままの志穂の表情が見えた。そこで語りかけた。

「さっきの質問だけど、俺を刺したのは確かに愛花さんなのだろう。だけど俺はその瞬間を見ていなかったから、警察の聴取で自白した言葉を聞き初めて知った」

「そうだったの」

「そうだったんですか」

 言葉を切った途端、二人がほぼ同時にそう言った。里浜がそのまま黙ったので答える。

「そう。ちなみに意識を失ったままの俺の体が急変し、命を落とした時も何故そうなったか全く分からなかった。信じて貰えないかもしれないけれど、俺はその時志穂の頭の上を浮遊して、剛志さんと一緒に君のお義母さんの病状説明を医師から聞いていたんだ。その時突然アラームが鳴り、急変したのだと知った」

「どういうこと。まだあなたはあの時亡くなっていなかったわよね」

「そうだ、志穂。俺は意識不明の重体から何とか容態が安定したばかりの頃から、何故か幽体離脱していたんだ。もちろん何度も自分の体に戻ろうとした。でも出来なかった。だから意識不明の状態がずっと続いていたのかもしれない。その為か死ぬまでもまたその後もずっと宙をさ迷っていたんだ」

「そんなことがあるの」

「あるんだ。説明はつかないが、俺は死んでもいないのにボカーソウルのように宙を漂い、病室を出入りした人にだけ着いていけるようになっていた。だから死ぬまでの間は君の頭の上だけでなく刑事などにもついていき、事件の捜査の行方を見守っていた」

 そこで勘のいい志穂に質問された。

「もしかして、和喜田さんや宇山さん、野城さんが重要参考人扱いをされ、その後起こした事件の時も、そうしていたの」

「通り魔の犯行の可能性が薄いとされ、怨恨の線を辿る中でアリバイの関係者の中から、彼らが最も疑われていたよな。しかもアリバイがあるのに里浜さんまで疑われ、マスコミ達に騒がれたのもずっと見ていたよ」

「そう、だったの」

 戸惑いを見せる彼女に尊は話を続けた。

「その結果、里浜さんは和喜田さんを襲い逮捕されてしまった。次には宇山さんがおかしくなり、江口課長に怪我をさせ退職させられ自殺した。その上逆恨みした野城さんが、東北に飛ばされた和喜田さんを追い、誤って殺してしまった。里浜さんが先程言ったように、愛花ちゃんの俺に対する刺傷事件をきっかけに、多くの人の人生が狂った。でも俺を殺したのは彼女じゃない。もちろん志穂でもない」

「わ、私達のやり取りも、ずっと聞いていたんですか」

 里浜が口を開きそう尋ねた為、尊は答えを返した。

「はい。だから誤解を解き、興奮したあなたの気持ちを落ち着かせようと、体に乗り移らせてもらったのです。そうしなければ和喜田さんの時と同じく、あなたは再び必要のない罪を犯してしまうと思ったから。そんな事をすれば、愛花さんは再び苦しむ。あの子はあなたを救おうと俺を刺し、またお祖母さんと無理心中までしようとしたんだ。それは理解しているでしょう。全てあなたの為にやったことなんですよ。これ以上罪を重ねないで下さい。あなたが幸せにならなければ、彼女の心も救われません」

 ようやく自分が取った行動は間違っていると気付いたようだ。その為、握っていた鎌を手放したのである。

 ああ、これで最悪の事態は避けられたと尊は安堵した。しかしまだ問題は解決していない。よって再び志穂に向かって語り掛けた。

「俺はあの事件以来、浮遊霊のように人から人へと移りながら漂っていた。本体の命が途切れた後もそうだ。それで知った。俺を殺した本当の犯人は誰なのか、をな。それは志穂も知っているだろう」

「え、やっぱりこの人は何かを隠していたのね。愛花が芝元さんを刺したのは確かだけど、何とか命を取り留めていた状態から死に至らしめた人が、別にいるのね」

 再び興奮し始めた里浜を、尊は宥めた。

「落ち着いて下さい。しょうがなかったんです。あの時、志穂に止める術はなかった。知ったのは私が亡くなった後です。そうだよな」

 彼女はこれまでとは違う、恐ろしいものを見るような目でこちらに視線を送っていた。狂ったような形相をしていた里浜を見つめていた時とは異質だった。それ程真相を明らかにされることを恐れていたのかもしれない。

 だがもう遅い。里浜に全てを理解させなければ、再び志穂を襲う恐れがある。よって真犯人の名を出すしかないのだ。

「言いなさい。芝元さんを殺したのはあんたじゃなければ誰なのよ」

 怒鳴った里浜に対して志穂は躊躇し口籠っていた為、尊が代わりに言った。

「お義母さんだよな。俺の生命維持装置に細工し、さらには口の中に微量の水を含ませ誤嚥性肺炎を起こすよう仕向け、安定していた容態を急変させたのは。あの時、俺の病室に出入りできたのは看護師達以外で一人だけだった。志穂はそれを本人が亡くなる直前に聞かされた。そうだよな」

 驚愕の表情をする志穂を見て事実だと分かったのだろう。里浜が確認の為に尋ねた。

「オカアサンって、それは志穂さんの母親のことよね。芝元さんが亡くなった半年程後、病死したと聞いているけど、その人なの」

 もう誤魔化せないと悟ったのか、彼女は頷いた。

「どうして。何故あなたの母親が、芝元さんを殺さなければいけなかったの。ずっと意識が戻らなかったようだけど、それまで芝元さんの容態は安定していたんでしょ。しかも四年以上経ってから、何故殺さなければいけなかったの。そんなことをしなければ、いつか意識を取り戻す可能性だってあったはずでしょう。しかもそんな真似をしたから警察やマスコミが再び動き出し、私達の周りを騒がすようになったんじゃない」

「ごめんなさい。そのせいで、愛花さんがお祖母さんと無理心中しようとしたのは分かっています。申し訳ありませんでした。亡くなった母の代わりに私が謝ります」

 深く頭を下げた姿を見て、里浜は一歩前に足を踏み出したが立ち止まった。恐らく気付いたと感じた為、今度は尊が口を出した。

「確かにお義母さんが俺を殺した為、事件は殺人未遂から殺人事件に代わり、世間が再び関心を持ち出した。その影響で愛花ちゃんが逮捕されたのも間違いない。でもあの事件が無ければ、里浜さんの自宅はあれほど詳しく家宅捜索されなかったでしょう。実際、和喜田さんを襲った事件の時は、そこまでされなかったのですから。しかし鑑識まで入れた結果、血痕が発見された。それが俺のDNAと一致したから、刺した犯人が愛花ちゃんではないかと容疑がかかり、彼女は自白した。お義母さんが俺を殺したからこそ、真犯人が明らかになったとも言える。違いますか」

 黙った尊の代わりに何か反論してくるかと思ったが、彼女は口を噤んだままだった。その為、再度念を押そうと話を続けた、

「もしあの時殺されていなかったとしても、殺人未遂の時効は二十五年だ。いずれ俺は意識が戻らないまま死んでいたかもしれない。そうなれば同じくマスコミは騒いだでしょう。だから全てお義母さんのせいとは言い切れない。第一、愛花ちゃんが俺を刺さなければ、こんな騒ぎにはならなかった。どうしてそんな事件が起こったのか。里浜さんに優しく接し、勘違いさせた俺のせいでしょうか。それともそんな俺と仲良くしていた妻の志穂が悪いのでしょうか。俺は刺されて幽体離脱した状態になり、ずっと考えてきました。俺のせいで和喜田さんや宇山さん、それに野城さんが重要参考人として名前を上げられ、人生を狂わされたのでしょうか。教えて下さい。俺の責任なのでしょうか」

 彼女はじっと黙ったままだった。何も言ってくれないのかと落胆したが、それは違ったようだ。視線が横に何度も激しくぶれた。つまり彼女は強く首を振ったのだと理解したのである。俺の責任ではない。そう思ってくれていたのだと分かり、胸撫で下ろした。

 それでも不幸の連鎖を産んだ事実は消せない。よって無念な想いと己の無力さと、やり場のない怒りも同じく残ったままだ。

 けれどそれも既に過去であり、もう元には戻らない。また犯人である愛花の刑も確定し、更生に向けて努力している。

 できるのはただ一つ、ここで不幸な連鎖を止めることだけだ。その為、志穂に対して言った。

「お義母さんが俺を殺した理由や、どうやったのかは聞いたよな」

 目を見開いてから、彼女は再び頭を下げ大きく頷いた。

「尊さん、ごめんなさい。お義母さんもどうかしていたんだと思う。許して下さいとは言えないけれど、私を助けようとした気持ちだけは分かってあげて下さい」

「分かっているよ。あの日の少し前に、お義母さんは肝臓癌に罹り手の施しようがない状態だと医師から告げられた。手術も出来ないだろうから、抗がん剤治療をするしかない。それでも余命半年から一年と言われていたよな」

「そう。だからお父さんの時と同じように、延命治療はせずに自宅療養しようと覚悟していたんだと思う。でもそうなると、今度もまた私が家事と看病をしなければいけなくなる。それに加えて静岡の病院へ、尊さんの様子を見にも行かなければならない」

「お義父さんの時に大変な思いをしていたのを、お義母さんは知っていた。だからまたそんな辛い目には遭わせたくない。かといって自分が自殺すれば、余計に悲しませてしまうし、田舎での生活もし辛くなる。だからせめて俺がいなければ、志穂の負担が軽くなると考えたのだろう。ただでさえ四年以上も寝たきりの状態だったんだ。それに休職期限も過ぎていた為、会社から給料も払われていなかった」

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