第32話 侵入してきた魔物
大工たちは日の出と共に起き、軽く食事をとってから仕事を始め、日没前に仕事を終える。
肉体労働には睡眠時間も必要なようで、夕食後は早々に寝てしまう。
小神殿でも夕食後は皆自由に過ごすことが許されているため、こうして私がこっそり外出しても見咎める人などいない。
そんな私たちとは対照的に、騎士たちは交代で夜通し「警護」をしていた。
白防壁を守っているのかしら? でも、いったい何から? 彼らは脅威となる相手がなんなのか、わかっているのかしら?
そんなことを考えながら、騎士たちに見つからないように、白防壁の端の方へと歩みを進めた。
だんだんと、騎士たちが手にしている灯りが、小さな赤い点のように見えてくる。
「ふう。この辺でいいかしら」
日中にできないのならば、日が暮れた後、夜明けまで頑張ればいいのだ。
本当は上部から下に向けて聖なる光を放ちたかった。
何というか気持ち的に、上から下へと広げていくことを考えながら力を注ぐ方が、単純にやりやすいだけなのだけれど。
聖なる光で、こちら側の壁を覆い尽くしてから上部へと溢れさせ、その勢いで向こう側をも覆っていく。
一晩で出来なかったならば、幾晩だろうと出来るまでやり続ければいいだけのこと。
そのために、今こうして私はここにいるのだから。
「暗いわね。せめて星が輝いてくれていたら違ったのに。――いやだわ、私ったら。始める前から何を弱気なことを……」
自分で自分を叱ってため息をついた時、人の気配を感じた。
普通なら訪れない白防壁の端の方に――明らかに私に向かって歩いて来る人がいた。
暗闇に目が慣れていた私には、すぐにわかった。
「……ベネディクト?」
「イリアス――」
どうしてベネディクトがここに?
ベネディクトは、一度も見たことのない虚な表情をしていた。
「オレはお前が誰なのか知ってる……」
「……え?」
困惑して彼を見た時、ミシッと大地が揺れた。
今、白防壁も揺れた? そんなことって――。
「イリアス! サヴァス様を呼んでくるんだ!」
「でも――」
「早くしないと壁を破られるぞ!」
「まさか! そんな――そんなこと」
「頼むから」と、ベネディクトは苦悶の表情を浮かべながら懇願すると、ドサリと膝から崩れ落ちた。
「オレのせいだ……オレがここにいるから……」
「……何? どういうこと?」
ベネディクトは涙を浮かべた目で私を睨みながら叫んだ。
「早く行けっ!」
「でも」
「いいから行くんだ!」
ミシミシ。ドドドドドドド。
遠くの方から聞こえる微かな音と振動は、白防壁から離れたところにいる人たちの耳にも届いたらしい。
赤い点々が規制区域の中に一つ、また一つと増えていく。不穏な音を聞きつけた人たちが宿舎から出てきたのだろう。
「……! そんな! 嘘でしょう――」
怖気が走った。
壁を覆っていた聖なる光が、神官たちの聖なる力が、破られた……?
禍々しいものが近づいてくる気配がする。
気がつけば、無我夢中で白防壁の中央へと走っていた。
大変だわ! こんなことって!
一刻も早く打ち破られたところを塞いで、聖なる力を満たさなければ!
――見つけた! ここね。
それは数センチほどの穴だった。
十メートルの厚さがあったはずなのに――穴が開いていた。
「やめておけ。手遅れだ。もうそこまで来ている。お前は離れてろ」
ベネディクトも私のすぐ側まで来ていた。
目の前の小さな穴から、水が漏れ出すように、ドロリと黒いものがこぼれ落ちたかと思うと、あっという間に人の姿になった。
私たち人間の
現れた魔物は本物の人間のように、黒い髪を靡かせて、黒い瞳を輝かせていた。
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