第28話 私も調査団の一員に

「久しぶりですからね。私の方も積もる話があります。お互いに一つずつ話しましょう」

「はい」


 サヴァス様はそういうと、焼き菓子と紅茶を二人分注文した。


「せっかくなので、王都のお菓子を楽しみましょう。私も王都は久しぶりなのですよ」


 ああやっぱりね。そのことも聞こうと思っていたのだったわ。


「ふふふ。まず何から話しましょうか」


 サヴァス様は、小神殿の展示内容を説明するみたいに自分の生い立ちを話してくれた。

 驚くことに、傍系王族に連なる血筋で、若い頃は大神殿で働いていたという。

 それになんと、あの大神官様は先帝の弟君の末子で、十五歳で王位継承権を放棄して神官への道を選んだらしい!


「ガラシモス――おっと。ついつい昔の癖で気安く呼んでしまいますが、今は大神官様でしたね。大神官様のお付きということは、毎日彼の側で仕えているのですか? 彼はあの通り言葉数が少ないので、お気持ちを察するのが大変でしょう?」


 ……え? ものすごく饒舌ですけど?

 同じ人の話ですよね? ああでも公の場ではそうだったかも?


「大神官様付きといっても、書籍の分類整理を頼まれているので、実はあまりお話ししたことがないのです」

「そうでしたか。もう随分とお会いしていないので、あの方も変わられたかもしれませんが。ああこれは、成長されているという意味ですよ? 昔の大神官様は、ご自分の感情を口にすることが苦手なようで、どちらかというと他人に気持ちを察してほしいという態度をとられていたものですから。ですが――察してあげたいような、察したくないような……。私は少しばかり意地の悪いことをしていたかもしれません」


 察してもらいたがっていた? あの大神官様が? 


「それよりも。ファニスからも手紙をもらいましたが、どうやら私があなたに古語を教えていたことになっているようですね」


 サヴァス様が悪戯っ子を見つけたように言う。どうしよう。なんて言えばいいのかしら。


「すみません。そのように誤解されたのを訂正していませんでした。実は、あの時――白防壁に触れた時、当時の神官様か聖女様の記憶の一部が流れ込んできたのです。そのお陰で当時の知識の一端が私の中にあるようなのです」

「おや、それは――。そうですか。本当に不思議ですね、あの白防壁は。私も触れてみたくなりました――」


 遠い目をしているサヴァス様には、あの白防壁が見えているかのよう。

 ああそうだ。手紙に書いたけれどまだ届いていないかもしれない。聞きたかったことを先に聞こう。


「サヴァス様。ベネディクトとデメトーリにも会われたのですか? 彼らからも手紙が届いていますか? 同じ王都にいるのだから、たまには三人で会いたいと思うのですけど……。二人の連絡先を教えていただけませんか?」


 サヴァス様は少し困ったような顔で笑った。


「うーん。イリアスの気持ちはわかりますが、もう少し時間を置いた方がいいかもしれませんね。デメトーリはきちんと手紙で報告をしてくれていますが、ベネディクトからは一度も手紙が来ていません。まあ――私も同じ男だからわかるのですが、自分でそれなりに納得のいく結果を出してから――わかりやすく言えば、一人前になってからでないと会いたくないのかもしれませんね。特に女性には格好いいところを見せたいものですから」


「そういうものなのですか? ベネディクトは王都に行く前からぶっきらぼうで冷たくて、話しかけてもろくに返事すらしてくれなくなりました。長い間、顔を合わせていないと、もう私とは口もきいてくれないんじゃないかと心配なんです」


「ははは。そんなことを思っていたのですか? あの年頃の男というものは、誰彼構わず傷つけてしまう言動をしてしまいがちなのです。許してやってください」


 サヴァス様に、「そういうもの」で片付けられてしまった。

 でも騎士見習いが一人前になるのって、いつのことやら……。


「ふふふ。そんな顔をしないでください。少し先になりますが、冬至にはベネディクトとデメトーリも帰って来るはずです。あなたたち三人の帰省先なのですからね」


 私ったら、そんなに不満そうな顔をしていたの? 「はい」と答えたけれど、サヴァス様の目を見られなかった。

 恥ずかしさもあったけれど、敢えて言わずにいたことのせいで。

 サヴァス様には言えなかった。何としてでも調査団に加わり、冬至を待たずにその一員として帰るつもりであることを。






 サヴァス様と別れて大神殿に戻ると、入り口で神官が私を待っていた。


「ああ、やっと戻ったのですね! さっ。早く大神官様のところへ行ってください」

「え? あの。今日の午後はお休みでよいと、それに仕事は下級――」

「いえいえ。仕事の話ではありません。いいから早く行ってくだい!」


 神官に追い立てられるように大神官様の執務室へ行くと、ドアの外にまで不穏な空気が漏れていた。

 大神官様の苛立つような低いうめき声が聞こえてきたせいで、ノックすることを躊躇していると、「イリアス! そこにいるのですね! 早く入りなさい!」と、なぜか部屋の中から叱責されてしまった。


「……お前。私に内緒で先生と会っていたんだってぇ! ファニスはどうして私に言わなかったんだろぉ。本当に忌々しい。うううぅぅぅ。それで? 先生は、私のことを何か言っていたぁ?」


 ……え? 何なの、この状況は……。


「ええと。お気持ちをなかなか察してやれなくて、悪いことをした?」

「……! 本当ですかぁ!」


 嘘じゃないわよね。嘘じゃない――はず。


「先生が――。ああぁぁぁぁ。先生がぁ。私の思いに気づいていらっしゃったのですねぇ!!」


 ええと。ちょっと違うような……。


「他にどんな話をしていたのか教えなさいっ!」

「え? ああ、ええと。バシリオスで会えるのを楽しみにしていると」


 冬至に私たち四人が集まる話を教えたつもりが、大神官様はキョトンとして押し黙ってしまった。

 ……え? 何かしら? そんな反応をされると怖いんですけど。


「え? それは――白防壁の調査にあなたを同行させると思われて?」


 あら!


「『故郷で会えるのが楽しみだ』と、そうおっしゃっていました」


 ごめんなさい、サヴァス様。


「先生は、あなたを同行させると信じて疑っていないと……そうですかぁ」


 さすがに、「はい」とは言えない。言えないけれど!

 何としても調査団に同行しなければならない。その一心で、私は同意するかのようににっこりと微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る