第27話 サヴァス様との再会
白防壁の現状を調査するための調査団が組織されることになった。
必要な人員については、大神殿が中心となって――つまり大神官様が決めるらしい。
王城から大神殿へ戻る道中も、大神官様は、「あぁ。あの白防壁にこの手で触れるお許しが出るとはぁ……」と、何やらプルプルと体を震わせていた。
どちらかというとマリオスさんの「はあー!」というわざとらしいため息の方が、私には堪えたけれど。
まあ、子供じみたことを恥ずかしげもなく口にしている大神官様だって、白防壁が
とにかく、調査してもらえることになって本当にホッとした。これで大神殿に来た目的を果たせたのだから。
そう喜びたいところだけど……。
謁見の間では、一度もデメトーリと目が合わなかった。私があの場にいたことに彼は気づいてくれたかしら?
国王の前では目線を低くするのは当たり前のことで、周囲を窺ったりはしない。
わかってはいるけれど、やっぱり寂しい。
でもデメトーリが私のメモを解読してくれたのだと思うと、じんわりと嬉しさが込み上げてくる。
「国王陛下に謁見する前は平然としていたのに、謁見後に情緒が不安定になるとは、イリアスは変わっていますね」
ファニス様に私の考えが全部読まれてしまったようで、自分でも顔が真っ赤になるのがわかった。
……う。早く解放されたい。今日はこの後休んでいいと言われているから、戻ったらあの箱庭へ行って祈ろう!
国王に謁見した日から――白防壁の調査が決まった日から一週間が過ぎ、十日が過ぎ、とうとう今日で二週間になる。
私は王城から戻った翌日も、特に神官から呼ばれることもなく下級使用人として、膝下丈のスカートで働いていた。
ネフェリは、私が大神官様付きでなくなったのに、一緒に王城へ上がったことに驚いていた。
それでも、帰ってから何を聞かれても生返事ばかりの私に、彼女は何も言わずに優しく接してくれている。
ネフェリの言葉の端々から、「国王陛下に謁見するという平民には想像できない緊張に見舞われたせい」だと誤解していることが窺えた。
実際は、調査団のことが頭から離れないせいなのだけれど。
そんな精神状態だったので、神官に呼び止められた時は、ギョッとして思わず変な声を出しそうになった。
「イリアス! 先ほど『猛る獅子』に逗留されているサヴァス様から、ファニス様経由であなたに伝言がありました。明日の午後、あなたとお話しがしたいとのことです。ファニス様が許可されましたので、明日の午後は猛る獅子へお行きなさい。これはファニス様からです。馬車を使うようにと」
神官はそう言って銅貨を十枚くれた。サヴァス様に会える! そう思うと、ネフェリの影響で、ついつい跳びあがりそうになる。
「ありがとうございます。あの、ファニス様もご一緒なのですか?」
「ん? いや、あなたを行かせるようにとだけおっしゃっていましたよ?」
「そうですか。それでは明日は午後お休みをいただきます」
ネフェリのお陰で、王都の有名どころはだいたい把握している。『猛る獅子』は、王都でも有名な高級宿だ。
サヴァス様!
白防壁の調査の件を手紙で知らせはしたけれど、返事はまだだった。
私は王都に来てから毎週のようにサヴァス様に手紙を書いているけれど、サヴァス様からの返事は一度だけ。
その内容も一通目の返事だったので、おそらく王都から辺境のバシリオスへは、手紙が届くまで相当な日数を要するのだ。
でもまさかサヴァス様が王都にやって来るなんて! たくさん話すことがあるわ! ああ早く会いたい!
猛る獅子に入った途端、懐かしい白金色の髪が目に飛び込んできた。
サヴァス様の旅行中の服装が想像できなかったけれど、彼は見慣れた神官服を着ていた。神官って、神官服以外着ないものなのかしら?
宿の一階は、大部分が食事処になっていて、サヴァス様は私のために入り口近くのテーブルを確保してくれていた。
サヴァス様も私に気がついて、優しく微笑んでくれている。
「サヴァス様!」
「おやおや。これはいったい……。大神殿での暮らしはそんなに辛いのですか? ああ私がちゃんと付き添うべきでした。迂闊でした」
「ち、違います。違うのです。ううっ」
私は挨拶もせずに泣きだしていた。自分でもなぜ泣いているのかわからない。
大神殿での生活を辛いと思ったことはないのに。どうしてかしら?
「やはり早過ぎたのかもしれませんね。あなたはまだ子どもなのです。大人の庇護下にあるべきなのです」
……もしかして。
大神殿で働きたいという私の願いを頭ごなしに否定するのではなく、実際に体験させた上で、私に無理だと気づかせようという計らいだったのかしら?
「サヴァス様は私を迎えにいらっしゃったのですか? 今泣いているのは、サヴァス様にお会いできて嬉しくて泣いてしまっただけです。大神殿での生活に不満などありません。それに、おそらくファニス様のご配慮で、大神官様付きにしていただいたのです。あっ! それとご存知ないかもしれませんが、あの白防壁を調査することが決まったのです。国王陛下がお命じになって――。あっ、それよりも! デメトーリに、デメトーリを王城で――。あっ! サヴァス様! デメトーリに古語を教えられていたのですか? デメトーリは季節一つ分であっという間に――」
サヴァス様が私の両手をぎゅうっと握って、「イリアス」と優しく声をかけてくれた。
「はあはあ」
もう私ったら。興奮し過ぎて息をしていなかったみたい。
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