第24話 警告文書の偽造
あれから毎日、ダビドの他の手記や当時の状況を記載した資料がないか探しているけれど、白防壁の強化に関するものや、逆に聖なる力が減衰していく様子を記したものは見つからなかった。
何かしら懸念点でも書き残しておいてくれたなら、それを根拠に大神官様経由で国王陛下に進言できたかもしれないのに。
ダビドが死ぬまでは特段変化は生じなかったということかしら?
何の心配もなく兄様やダビドが天寿を全うできたのならば、それはそれで嬉しいのだけれど。
……ちょっとばかり困ったわ。
「実は規制区域内にうっかり入り込んでしまって、これまたうっかり白防壁に触ったら、なんだか脆そうな感じがしたんです」
そんなことを言っても、規制区域に侵入したことを咎められるだけだろうし。
信頼できる人物に警告を発してもらうしかない。――でも誰に?
聡明なダビドが、あちら側が聖なる光で覆われていないことを危惧して、『要経過観察』みたいなことを書き残してくれていたら、どんなに助かったか。
いっそのことダビドが、『防壁は百年くらいしか維持できないかもしれない』みたいなことを書いてくれていたらよかったのに。
それを読めば、さすがにみんな慌てるわよね。
……そうよ。それよ!
こうなったらダビドには悪いけれど、ダビドの筆跡をまねて手記を改ざんするしかないわ。
失われた古語で、警告と取れるような文言を書けばいいのよ!
なにしろ今世では、古語を正確に理解している人はほぼ絶滅しているらしいから、古語で書かれたものは当時のものと認識されるはず。
「手段を間違えているとは思います。光の神にはお詫びを……。でも、防壁を守るためなのです。どうかお許しください」
光の神に心からのお詫びを祈った後、私は余白の多い古びた資料を探し、真っ白な部分をそろりそろりと破り取った。
その紙に、やや薄めたインクで掠れるように書き記す。
『……だが防壁は、計画が頓挫してしまったと言わざるを得ない。大聖女様の聖なる光はこちら側しか覆われていないのだ。魔物の国側から破壊される可能性を残してしまう結果となってしまった。壁が崩れ落ちる前に、土塀の建設を始めるべきなのかもしれない』
こんな感じかしらね。
うーん? 掠れていても真新しいインクがくっきりと浮かび上がっている。
古びた文書っぽくするために、埃が溜まっている床に紙を押し当てて汚してみたら、あら不思議。インクがしっくり紙に馴染んでカビ臭さまで生じた。
「出来たわ!」
あとはこれを見せて報告をするだけ。相手はファニス様、一択。
マリオスさんはちょっとね……。
融通がきかなさそうだし、正式な手順がどうとか、そもそも真偽を確認してからじゃないと駄目だとか、なんだかんだ言われそうなのよね。
まあファニス様のことはよく知らないし、一片の迷いもなく信用できるかと問われれば答えに窮してしまうけれど。
でも今はあの笑顔を信じるほかない。
他にも色々と熟慮した結果、仕事を始めて早々に大発見するのはさすがに不自然な気がして、力作の紙切れは更に一週間ほど寝かせることにした。
古文書の分類を始めて二週間経った頃にファニス様の予定を伺ったところ、今日の朝一番に時間を取っていただけた。
まさかファニス様の私室で話を聞いてもらえるとは思っていなかったので、今ちょっと緊張している。
「こんなに早く何かあるとは思いませんでした。それで、何事でしょうか?」
「初めてお会いした日に、ファニス様も古文書がお好きなように見受けられましたので」
「ええ。神学校では古文書の研究補助をしていたくらいです」
あら! じゃあ、神学校の古文書の先生もご存知なのかしら。
……ん? もしかしてファニス様は私の書いた文章を、そのまま読めるのでは?!
「あの――。実は、私は単語を拾い読みできる程度なのですが。この紙に書かれている、『壁』、『計画が失敗』、『破壊』というのが気になりまして。どの時代にどなたが書かれたものなのかは不明なのですが、念の為ご報告させていただこうと思いまして。私の読み間違いで何もなければよいのですが、必要であれば専門家にお見せするべきかと思い、持ってまいりました」
そう断ってから、
「ちなみにその紙は、この紙の束に挟まっていました。詳細な年代は記載されていませんが、この文字が『大聖女様』なら、白防壁を作成された大聖女様かと――」
年代判定ができるようにと思い、ダビドの日記の一部を手渡したのだけれど、ファニス様はサッと目を通しただけで、うめき声を漏らした。
「――案内してください」
「は?」
「この紙があったところへ案内してください。他にも同じ筆跡のものがあれば、全て読む必要があります。さあっ!」
ファニス様は、いつもの優雅な所作ではなく、ガタンと乱暴に椅子を引いて立ち上がった。
心なしか震えているようにも見えるんですけど。少し脅かしすぎたかしら?
ファニス様に、「早く早く」と急かされて、早歩きで
部屋に入り、例の木箱を作業用テーブルの上に載せて、「ここに入っていました」と伝えると、ファニス様は立ったまま震える手でダビドの日記の残りを取り出した。
夢中で貪り読んでいるファニス様は、おそらく正確な古語を習得している。
それにしても、この焦り方を見ると、ダビドが書いたものだと推察しているようね。
一目見ただけでダビドの筆跡を覚えたのもすごいわ。神官にとってダビドは、敬愛すべき憧れの存在なのね。
……ええと。それにしてもいつまでそうやって読むつもりなのかしら?
なんとなく声もかけづらいし――困ったわ。私は分類の仕事を始めるべきよね?
仕方がないので、ファニス様の邪魔にならないように、違う木箱をテーブルの端の方に置いて、中の紙を取り出そうとしたら、「お待ちなさい」と止められた。
「しばらくここでの作業を中断してもらいます。この部屋は、今のままの状態にしておかねばなりません。木箱の移動も禁止します。申し訳ありませんが、当面の間、あなたは大神官様付きから元の仕事に戻っていただきます」
「は――い?」
「ああ、いえ。あなたの仕事ぶりがどうとかではないのです。同じ時代の資料がまとめて木箱に入っている可能性があるものですから。しばらくは古語の研究者たちがこの部屋で研究をすることになるでしょう。そのため分類の仕事は中断していただくのです」
「はい。承知しました。では今から元の仕事に戻ります。服も着替えた方がいいでしょうか?」
「そうですね。申し訳ありませんが、そうしてください」
「はい」
「――という訳で、戻ってきたの」
部屋で膝下丈のお仕着せに着替えていると、ネフェリがバンッと勢いよくドアを開けて入ってきたので、鼻息の荒い彼女にかいつまんで説明した。
もちろん、単に古文書の研究が始まるとしか言っていないけれど。
それにしてもノックくらいしてほしかった。着替え終わったところだからよかったけれど。
「もー! びっくりしたじゃない! 大神官様のご機嫌を損ねて追い出されたのかと思ったよー」
うん。ネフェリならそう言うと思った。
それにしても耳が早い。私が元の下働きに戻ったと聞いて、仕事を放り出して来たのね。サボっていることが見つからないよう祈るわ。
「さあ、早く仕事に戻らないと。この時間なら久しぶりに外掃除かしら?」
「そうよ! やったー! イリアスと二人なら早く終わるわ!」
そうして元の仕事に戻り、休憩時間にはいつもの庭で光の神に祈りを捧げた。
なにせダビドを語って偽の文書を作成したのだもの。目的のためとはいえ、罪深いことをしてしまったから。
「どうか、どうか、まだ私を見捨てないでください。この身にいただいた力は、責任をもって壁の補強に使うと誓います。あのような真似をしてしまったことは心からお詫び申し上げます」
「王城に上がるように」と言い渡されたのは、古文書の研究が始まって約一月が経過した頃だった。
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