第23話【閑話】魔物の王の独白

 いつからここにいたのだろうか――。

 そもそも私がここにいるのは、何かから産まれてきたからなのか?

 気がついた時には、既にここにこうしていたような気がする。

 あまりに長い年月が経ったせいで、最初の記憶がどれなのかすらわからなくなった。


 腹は空かないが、たまに飢えを覚える。どうしようもなく血を欲するのだ。命を屠り、血を浴びて、猛々しく吠える――いかにも魔物らしい所業。

 ここには多種多様な魔物たちがいるが、私は恐怖というものを知らない。命を脅かされたことがない。

 ここには、私より強いものはいないのだから。


 気まぐれに喰らい、血を啜る。

 たまに私に媚びへつらう魔物どもの戯れ事を聞き、動物たちをなぶる。そんなことを繰り返す毎日に飽きて、戯れに遠出をした時だった。人間をみつけた。

 動物と違い、魔物並みに魔法を使う種族だった。


 ……面白い。

 動物は我らを見つけると逃げるだけだが、人間たちは、拙い力を使って反撃を試みるのだ。

 なかなかの余興だった。


 いっとき人間という新しいおもちゃに夢中になったが、すぐに飽きてしまった。

 人間はすぐに壊れてしまうのだ。思うように楽しめなかった。

 それでも人間の血は――なかなか


 人間たちは死の間際、「死後」がどうとか、「命」がどうとか、目の前の私ではない何者かに向かってつぶやくことがあった。

 ……そういえば、「死」とは何だろう?

 私は、私以外のものに死を与えることができる。だが私に死をもたらす存在はいるのか?


 ……もしかして。私は死なないのか? いつか死を望んだとしても死ねないのか?

 多くの命を奪うことで退屈を紛らわしているが、自分の命を奪うことができるとしたら、さて……?


 それは一度しかできないこと――ものすごくそそられるではないか!

 それができたなら、究極の愉悦を経験できるのではないだろうか!

 ふふふふ。私の情動と欲望には際限がないらしい。




 ある時、人間たちの中に、特殊な力を持つ神官と聖女というものがいることを知った。

 試しに、さあ私を滅ぼしてみろと、何度となく神官や聖女の前に体を投げ出してみたが、私に触れることすら出来ない弱い生き物だった。

 普通の人間たちと大差ない脆さ。脆弱すぎるな――人間の体は。


 だが、奴らを相手にしているうちに、人間と同じ姿をして近づき、元の姿に戻ると、奴らの恐怖が増幅することがわかった。

 人間が面白いなりをしていたから、最初はふざけてその形を取ってみただけだったが。


 細長く、手足の位置と長さが奇妙に思えた人間の体だが、動かすうちに意外と効率がいいことがわかった。それからはずっと人型を取っている。

 人間の姿で人間を貪り喰らう楽しみは私だけのもの。

 魔物たちには、人型での人間狩りを禁じた。


 唯一、私の副官を自称するヤツにだけは、その懇願があまりに鬱陶しいので許したが……。

 そういえば、神官や聖女の血は格別にうまかった。

 ――ならば。

 奴らが口々に言う「大聖女」という者の血は、いったいどんな味がするのだろう。どうやら人間の中でも相当に特別な存在らしいが。

 ――いや。もしかすると。

 大聖女とやらは、この私に、『死』を味わわせてくれるのだろうか?

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