第20話 サヴァス様は大神官様の先生?

 マリオスさんは働かない人が嫌いらしい。


「……君も。イリアスでしたね。いつまでそうやって突っ立っているのです? 仕事は自分で見つけるものですよ。それにしても若すぎますね。もっと経験が必要でしょうに」


 至極真っ当な意見だわ。


「は? 歳なんてどうでもいいよ。先生が紹介状を書いて寄越した子だよぉ? しかもファニスによれば、その子は古語が読めるらしいし」

「は? 古語が? え? 先生……。ええっ! あのサヴァス様が推薦を?! なるほど。このところ様子がおかしいと思ったら、そういうことでしたか」


 マリオスさんの視線が痛い。「あのサヴァス様」とはどういう意味かしら? 先生って?


「あの。お二人はサヴァス様とはどういうお知り合いなのですか?」

「躾がなっていませんね。使用人が大神官様に向かって、許可なく話しかけるとは」

「も、申し訳ございません!」


 マリオスさんの視線は相変わらず痛い。

 そういえば私、高貴な方へお仕えする際のマナーを知らなかったわ。

 確かに王族だった頃は、兄様意外、誰かに話しかけられた記憶がないかもしれない。


「いや、別にいいよぉ? こっちからも色々聞きたかったし。ちょっとおしゃべりしようよ。マリオスなんて放っておいてさぁ」


 ブンと音が聞こえそうな勢いでマリオスさんが首を振って、私から大神官様に視線を移した。


「なりません。お仕事に集中してください。それと。何度も手紙を読み直したくなるお気持ちはわかりますが、いい加減に止めてください」

「えぇ! 無理だよぉ。こうして肌身離さず持ち歩いていると、ついつい広げたくなるものでしょ? それにほら! 『彼女の力になってやってほしい』って。先生が私にお願い事を! ううぅ」


 どうやら、心配性のサヴァス様が大神官様宛に手紙まで書いてくれたらしい。

 季節一つ分の間、大神官様は毎日手紙を読み直していたということ? ちょっと怖いんですけど。


「最後にさりげなく書き添えられていたんだけど。『なお、私は今では神官の一人にすぎません』なんて! そんなことある訳ないのにぃ! もう先生ってばぁ!」


 大神官様は目を閉じて、「はぁ」とため息をつくと、独り言のようにつぶやいた。


「あんなに大神殿に関わることをいとわれていたのにぃ。私がどれほど執拗に請うても『否』以外の返事をされたことがなかったのにぃ。ああ、まさか先生の方から連絡をくださるなんて!」


 手紙を胸に押し当てて、うっとりとした表情で物思いに耽る大神官様は、ものすごく危ない人に見える。


「イリアスに妬いちゃうなぁ。先生……。もう戻っては来られないのですかぁ……?」


 マリオスさんは、「ああ。また始まった」とこめかみを抑えて苦々しい顔をしている。そして大神官様を無視することに決めたらしい。


「イリアス。挨拶はそれくらいで結構です。私についてきてください」


 勝手に切り上げられたのが嫌だったらしく、大神官様が、「えぇ? なんでお前が指示するの?」と不満を漏らした。


「それが私の仕事ですから」


 「えぇー! 何それぇー!」などと子どものように不機嫌になった大神官様に見向きもせず、マリオスさんは部屋を出た。もちろん私も彼にぴたりとついて行く。

 それにしても、今世の大神官はダビドとは大違い。まあ、仕事自体も違うのだけれど。


 ダビドは生まれ落ちる際に、人としての煩悩を母親のお腹の中に置いてきたような人だった。

 彼が祈ると光の神がお声がけくださるんじゃないかと思うくらい、神々しく慈愛に満ちた姿で祈りを捧げていた。


 元々人の領域から離れて神の領域に招かれていそうなダビドだもの。誰とも比べようのないことはわかっていたけど。

 でも今世の大神官様はさすがに……あら私ったら! 人を比べてどうこうなんて卑しい真似を。

 前世の私なら絶対にしなかったことだけに、大聖女の力を剥奪されやしないかと焦ってしまう。


 後であの庭に行って、心を落ち着けて祈らないと駄目ね。

 ……とにかく。

 大神官様に顔と名前を覚えてもらえた。これで一歩前進ね。

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