第18話 今世でひとりぼっちの私

 前世では神殿騎士団が組織され、大神殿と上位の神官や聖女たちを護衛していた。

 大聖女となったマグデレネの専任護衛として選ばれたバシリオスも、神殿騎士団に所属していた。


 今世では、神殿騎士団そのものがない。

 王族を警護する近衛騎士団はそのままだが、王城と王都を守護する第一騎士団と、地方を管轄する第二騎士団しかない。

 守護する者も戦う魔物もいなくなったのだから当然かもしれない。


 今世では、神殿に、神官や聖女らの聖なる力による救済を求める列もない。

 神官や聖女らがいなくても、皆、平穏無事に毎日を過ごしているのだ。素晴らしいことだと思う。


 休みの日は大神殿を自由に見学してもよいと言われているので、今日もこうして敷地の中をぶらぶらと散策している。

 ネフェリと一緒に休みを取れないのが残念だ。


 大神殿の敷地には、大小の建物が点在している。

 すでに展示物は隅から隅まで見た。内容は小神殿のものと大差なかった。違うのは姿絵だけ。

 兄様もダビドもバシリオスも、絵師が彼らの美貌を力の限り描き表そうと努力したのだろう。それはそれは見目麗しい姿で、見る者を誘惑するかのように壁から微笑みかけていた。


 そして、何度見ても複雑な思いになるのがマグデレネの姿絵だ。

 なにしろ私とは真逆の、今にも消えてなくなりそうな薄幸の美少女風に描かれているのだから。まあ十五歳で死んでしまいはしたけれど。

 これが人々が聖女に求める姿なのだろう。薄い金髪に透き通るような金色の瞳。

 今となっては物語の登場人物だものね。仕方がないわ。


 展示物に飽きた私は、敷地内を隈なく探索して回るようになった。

 神官たちは規則的な生活をしているので、彼らが過ごす範囲は自ずと定まり、用がない場所にはほとんど足を踏み入れない。

 広大な敷地の中には、人の手が入っている中庭や温室の他に、久しく誰も訪れていないような場所が結構あった。


 その場所を見つけたのは偶然だった。

 飛び立とうと羽をバタバタ動かしては、つつつ、とつんのめるように前に進むだけの小鳥を見て、怪我をしているのだろうと思い駆け寄ったのだ。

 「治癒」が出来ると思って嬉しくなったから。


 これといった聖なる力の使い道を見つけられず、何もしないまま青の季節の半分が過ぎようとしていた。

 急に蘇った力は、それこそ突然消えてしまいそうで怖かった。だから自分の力を昔と同じように使ってみたかったのだ。


 それなのに、私が手を差し伸べた途端に小鳥は飛び立ってしまった。私の頭上をくるりと回って飛んで行った。

 それでも、途中で落ちたりしないかと不安になって後を追った先に、前世で私が光の神に祈っていた場所とよく似た場所を見つけたのだ。


 低木に囲まれたその場所には、燦々さんさんと光が注がれていて、どこから運ばれてきたのか、一メートルほどの岩が横たわっていた。

 腰掛けるのにちょうどいい高さのその岩に座って、私は箱庭のようなその場所に、控えめに聖なる光を放った。


 すると、周囲をキラキラと覆っていく粒子の大半が、一本の若い木に集まっていった。

 ――あら? もしかして、もっと成長したいの?

 私は請われるがまま、暇を見つけてはその木に聖なる光を注ぐようになった。




 数週間経った頃。

 若木だった木は大木へと成長した。まるで前世で登り慣れていた、あの木のように。

 嬉しくなって、久しぶりに木に登ってみた。

 王都の街並みはすっかり変わっている。かつて大神殿の隣にあった王城は、今や遥か彼方にある。


「……はあ。老神官のお小言が懐かしいわ。叱ってくれる人でもいいから、誰かに側にいてほしい」


 前世では兄様が道を決め、ダビドがその道を整えてくれた。道を歩む私の側にはバシリオスがいてくれて――。

 ……もう。まただわ。人に頼ることばかり考えてしまう。

 バシリオスなら、きっと私が泣き言を言っても黙って聞いてくれていたわね。彼は私を一度も批判しなかった。もっと言うと、彼の善悪の判断は私の心に叶うか否かだった。


『……それで。私に出来ることは何でしょうか。マグデレネ様のお気が済むのでしたら、私の頬を好きなだけ打っていただきたいのですが。それとも主人様のお心を乱した者を消してまいりましょうか?』


 自分でも子どもじみた我が儘を言っているなってわかっていても、バシリオスは顔を顰めたりしなかった。

 私の言動を全て「是」と捉える人だった。「マグデレネ様の仰せのままに」が口癖だった。

 だから兄様とダビドが、私の代わりにバシリオスを叱っていたのよね。


『マグデレネ様はご自分で思われている以上に、十分聡くていらっしゃいます。私は単にご公務の整理をしているだけですから。ですが、マグデレネ様と話したことのない人々は、『大聖女は国王の望むまま祈るだけ』などと、勝手な妄想で大聖女を貶めているのです。大聖女の御力を理解しようともせずに。まことに嘆かわしいことです。まあ口さがない連中を陛下が放っておかれるとは思いませんが――』


 ダビドは大神官の職務に忠実で、国に忠誠を誓っていたけれど、私にも心を砕いてくれた。

 甘言ではなく正論を吐く人だったけれど、私に対しては彼の持ちうる限りの親愛の情で応えてくれていた。


 ああ本当に私ったら――不甲斐ないわ。成長しないまま転生してしまったからかしら?

 今はひとりなのに。もう彼らのように私を支えてくれる人はいないのに。

 弱音ばかり吐いて、ここに来た目的をいまだに果たせずにいる。

 このままでは日々の生活に流されてしまいそうだわ。

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