第17話 灰色髪の大神官
神官の位が何段階あるのかはわからないけれど、ローブの有無で明確な差があるのは一目瞭然だ。
私がこれから暮らす使用人用の部屋に案内してくれた神官は、もちろんローブを羽織っていない。
「ちょうど入ったばかりの子がいるので、この部屋を二人で使ってください。仕事は明日からなので部屋にいると思います」
若い神官はそう言ってドアをノックした。
「ネフェリ。開けますよ」
「はい」
中から元気の良い返事が聞こえた。
ネフェリという名の少女は、部屋の中できちんとした姿勢で立っていた。
茶色い髪と黄色の瞳を持つ可愛らしい少女だ。
ノックを聞いてからのわずかな時間で、この姿勢を作れるなんてすごい。
「今日から同室となるイリアスです。手が空いている時にでも、あなたが昨日受けた説明を彼女にしておいてもらえますか。二人とも明日から働いてもらいますので、よろしくお願いしますね」
「はい。お任せください」
神官は、これで自分の仕事に戻れると、安堵した様子で立ち去った。
「あ、あの――」
「かーわいい! ねえイリアス。あなた、どこから来たの?」
ドアが閉められた途端、ネフェリが私の手をとって、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
え? え? 部屋の中で跳ねる?
「えーと。バシリオスから。あの白防壁の――」
「知ってるー! 白防壁に一番近い町でしょー! うわー! すごーい! 私も一度でいいから見てみたいって思ってたんだー。いいなー。白防壁かー。ねえねえ。どんなの? ものすっごく大きいんでしょ?」
ネフェリは私の手を握ったまま、瞳をうるうるさせている。
「ええと。確かに。言い伝え通りっていうか――」
「やっぱりー? うわー。すごいなー。いいなー」
どうやらネフェリは感情が昂ると、相手の話を最後まで聞くことなく、思っていることを口に出す
ふふふ。でもなんだか元気をもらえた気がするわ。
なぜか立ったままの状態で互いの身の上話を一通り話し終えると――ほとんどネフェリがしゃべっていたんだけど、彼女はようやく神官から言いつかったことを思い出したようで、「ごめん!」と謝って、大神殿の中を案内してくれることになった。
明日から早速仕事ということだったので、必要な説明はちゃんと聞いていたけれど、やっぱり気になるのは古文書!
「――で。ここから先は限られた使用人しか入っちゃいけないんだって。私たちみたいな下働きは近づくのも駄目なの。大神官様は恐れ多い方だから、卑しい身分の私たちにはもったいないんだって」
へえ。大神殿って身分制度を厳格に適用しているのね。なんだか思っていたのとは違うわ。正直がっかり……。
「ねえ。古文書がどこに保管されているか気にならない? ネフェリも読めたらいいなって思うでしょう?」
「へ? 古文書? 何それ?」
「何って――。ネフェリも古文書を読んでみるように言われたんじゃないの? あの採用試験に合格したからここにいるんでしょ?」
「試験? 私は紹介で来ただけだよ? 神官じゃないんだから、試験なんてある訳ないでしょ!」
試験――あったんですけど。
「じゃあ、紹介状を見せて、そのまま採用されたの?」
「そうだよ。使用人なんてそんなものだよ。変なの」
えー! じゃああれは何だったのー?
「でも、重要な文書なら、きっと貴賓室の奥にでもあるんじゃないかな」
がっかりした私を慰めるように、ネフェリが教えてくれた。
「貴賓室なんてあるの?」
「うん。大神官様しか入れない部屋の一つに、確かそういうのがあった気がする」
え?
大神官様しかその部屋に入れないって、大神官様しか見ることができないっていうこと?
大神官様の許可があれば部屋に入れると思っていたのに――。大神官にならないと入れないの? ――って、神官って男性しかなれないじゃない!
え? え? え? どうしたらいいの?
正攻法じゃとても無理だわ。でもきっとそういう所は、簡単には忍び込めないように厳重に警備が――。
などと、よからぬことを考えていたら、ネフェリがぐいっと私の腕を掴んで、急いで来た道を戻って廊下の角に隠れた。
そして真顔で、「しっ! 黙って」と押し殺した声で私に言った。
いったい何から隠れたのかしらと、元いた所を見ると、ローブの集団が歩いていた。
集団の先頭にいる人のローブは、ファニス様の何倍も美しい刺繍が施されていた。
何よりその頭上には、顔の長さの倍くらいありそうな――高過ぎてずり落ちてしまうのではないかと見ている方が心配になるほどの、不思議な形の帽子が乗っていた。
きっとあの方が大神官様ね。
ローブと帽子で地位の高さがわかるのは助かるけれど。
大神官様は意外にも灰色の髪をしていた。勝手にキラキラとした金や銀だと思い込んでいたので驚いてしまった。
その代わり、ほんの一瞬だけど瞳が光って見えた。多分、金色だと思う。
一目見ただけなのに、雰囲気がらしくない。なんというか、光の神にお仕えするような神々しさが感じられなかった。
もっと言うと、それらとは真逆の、全体的に冷たい感じがした。眼差しからは少しだけ意地の悪さを感じ取ってしまったほどだ。
まあこれは、私の勝手な主観だわね。ダビドの面影に囚われすぎだわ。
そんなことを考えながら息を潜めていたのに、大神官様が、まるで私の批判的な感想に気がついて反論したいかのように、こちらに視線を向けた。
「ひぃ」
「黙って」と言っていたネフェリが声を漏らした。
これだけ離れていれば聞こえることはないだろうけど。
大神官様御一行は、こちらに気づいた様子はなく、足を止めることなく通り過ぎて行った。
大神官様の後ろ姿を見ながら、もし彼の髪と瞳が真っ黒だったら、マグデレネが最後に見上げた男に少しだけ似ているかもしれない――などと不敬な考えが脳裏をよぎった。
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