第15話 王都のダビド大神殿へ
ベネディクトとの関係は冷え込んだまま月日が巡った。
そして青の季節になり、私たち三人は揃って小神殿を出ることになった。
デメトーリは神官になるために王都の神学校へ。
ベネディクトは騎士見習いとして王城へ。
そして私は大神殿での使用人になるためにダビド大神殿へ。
本当は十五歳のデメトーリ一人だけが王都へ行くはずだったのを、私とベネディクトが我が儘を言ったのだ。自分たちも王都へ行きたいと。
サヴァス様はまだ早いのではないかと心配してくれたものの、最終的には私たちの願いを叶えてくれた。
彼は、私たちそれぞれに合う王都での受け入れ先を決め、紹介状まで持たせてくれた。
そして私たちが心置きなく王都に行けるように、こう言った。
「この小神殿に、神官見習いを一人受け入れることになりました。かなり有能らしいので私のことは心配入りません」
サヴァス様は本当にどこまでも優しい。
受け入れ先の都合により、デメトーリ、ベネディクト、私の順で旅立った。
「王都は広いですが、なあに縁があればまた会えるでしょう」
サヴァス様は笑顔で見送ってくれた。
城壁に囲まれた街――王都。現世のそこは、私の記憶にある王都の数倍の広さだった。
人口が増えて森が切り開かれたのかしら。人々が道半ばで命を失うことがなくなったから?
そうだったらいいな。
城門をくぐると喧騒に包まれた。
門から真っ直ぐに石畳の道が伸びていて、その両側には隙間なく建物が建っている。
「それにしても、まさかサヴァス様が王都の大神殿で働いていたなんて……」
王都に伝手があると聞いた時は驚いたけれど、あの人柄ならと納得もした。
立派な神官だもの。ただの案内役なんかじゃない本物の神官だと思う。
その気になれば聖なる力が使えるんじゃないかしら――と思ったくらいだ。
ダビド大神殿は、王都を訪れるほとんどの人がその目的の一つにしているとあって、城門からダビド大神殿行きの乗り合い馬車が出ていた。
六人ほど乗り込むと馬車は出発した。
「嬢ちゃん一人かい?」
隣に座ったお婆さんが話しかけてきた。
「はい。王都に働きに出てきたので」
「まあ、そうかい。まだ小さいのに偉いねえ。働き先は決まっているんだろうね?」
「はい。紹介していただいたので」
「じゃあ安心だ。王都にくれば仕事があるだろうって若い人は来るけどさ。そうそうまともな仕事にはありつけやしないからねえ」
お婆さんは、「おっと。これから働こうっていう子に聞かせる話じゃなかった」と言って、オレンジをナイフで切り半分くれた。
「うちの農園で採れたものだよ。まあ、餞別としてもらっておくれ」
「ありがとうございます」
なんていい匂い! 薄皮で包まれた房ごと口に入れる。
そういえば――。
サヴァス様がオレンジの薄皮を剥いて食べるのを見て、ああやっぱり平民じゃないなって思ったことがあったっけ。
私はダビド大神殿の前で降りたけれど、お婆さんは王城まで乗って行くらしい。
「さようなら! オレンジ、ありがとうございました!」
「ああ、しっかり働くんだよ!」
お婆さんの乗った馬車が見えなくなるまで手を振っていると、周囲からちらちらと視線を向けられた。
王都じゃ別れ際に手を振らないのかしら?
遠くにある王城を見ながら大神殿へと歩く。
昔は横並びに建っていた王城と大神殿だけど、いつからこんなに離れたのかしら。
王城のどこかでベネディクトは訓練を受けているのよね。
王都に来てからまだ騎士は一人も見かけていない。昔より数が減っているんだわ。
デメトーリの通う神学校は、どの辺りにあるのかしら。
今では王都の学校に平民も通えるのね……。昔は貴族にしか学問は許されなかった。
学びたい者が学べるようになったのは素晴らしいことだわ。
この国は、昔より格段によくなっている。歴代の国王の治世は素晴らしいものだったのね。
大神殿の入り口で、神官服を着た男性――神官に目的を聞かれた。
「観光ですか?」
「あ、いいえ。こちらで働かせていただく予定のイリアスと申します。こちらが紹介状です」
「拝見します」
神官はサヴァス様の紹介状の封を開け、手紙を広げると、「あっ」と声を出して、私の顔をまじまじと見た。
何かしら? ささっと案内してもらえると思ったのに。
「ええと。ここでの仕事となると、神官の身の回りの世話をしたり、掃除や洗濯といった下働きになりますが。よろしいのですか?」
「はい。もちろん」
どうしてそんな確認を?
「ええと。こんなことを言うのはアレなんですけど。王都の神殿の神官は貴族出身が多いので、平民に偏見を持っている人も少なからずいらっしゃいます」
「大丈夫です」
別にとって食われる訳じゃないのに。命を狙われたりはしないでしょう?
「では、こちらに」
神官はそう言って奥へと歩き出した。
観光客が吸い込まれていく建物をぐるりと回り込んで、小神殿の居住区のようなところへ出た。
「こちらからが神官の執務室と私室になります」
更に奥の方に、厨房や下働きの者たちの部屋があるのだろう。
神官が目当ての人物を見つけらしく、早足になった。
「クリストファー様。このようなところでお呼び止めして申し訳ございません。この者がファニス様宛の紹介状を持ってきたのですが、ただいまファニス様はご不在でして。いかがいたしましょうか?」
クリストファー様と呼ばれた神官は、床を引きずるようなローブを身に纏っている。おそらく高位の神官だろう。
彼は紹介状を読み終わると、ぐしゃりと握って私を見た。
……え? 大切な紹介状をそんな風に扱うなんて――。
クリストファー様の緑色の瞳は、かけているメガネの銀色の縁と同じくらい冷たく感じる。
私をジロリと睨んで、ぴしゃりと言った。
「私が対応する」
そうして改めて私を見据えたクリストファー様は、眉根を寄せた。
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