第11話 うさ耳で、モフっとした尻尾を持つ子を追いかけて
「なんだそりゃーっ!」
一難去って、今度はベネディクトの襲来だ。
大声に驚いたのか、ソレは両耳をピーンと真っ直ぐに立てて、彼を凝視している。
「おい! どっから入ってきやがった!」
ベネディクトの視線は、どう見てもソレの方を向いている。
「え? もしかして、見えてるの?」
「はあん? 何を言ってんだ? 早くそのおかしなのを追い払わねーと、食料を食い荒らされるぞ!」
「あ、あのね――」
あれ? どういうことだろう。私にだけ見えてるんじゃないんだ。
見える人と見えない人がいるってこと?
「――ッ!!」
ソレは突然、音のしない絶叫を上げたかと思うと、ベネディクトに飛びかかった。
「うわっ」
ベネディクトがソレを腕で追い払ったのは、頬をザックリと引っ掻かれた後だった。
「痛っ!」
ポタリポタリと、ベネディクトの顎を赤い筋が伝って、地面に赤い染みを作る。
「嘘っ! どうして!」
今までこれといった反応を示したことがなかったのに。こんな風に急に凶暴化するなんて信じられない。
「ちきしょー! このヤロー!!」
ベネディクトがソレを捕まえようと飛びかかったけれど、逃げられてしまった。
ソレは軽やかに宙を舞って着地すると、「フン」と小馬鹿にしたような顔でベネディクトを見てから、一目散に駆け出した。
「てっめえー!! 逃さねえぞー!!」
頭に血が上ったベネディクトがソレを追いかけたように、私も反射的に彼を追いかけた。
「えっ!? 待って!」
小動物とベネディクトはあっという間に神殿の敷地を出た。
体力のない私と彼らとの距離は、どんどん広がっていく。
途中からは息も切れて、歩くのがやっとな状態になってしまった。
それでも追いかけずにはいられない。
彼らの姿を見失いそうになりながらも、ベネディクトの赤い髪を頼りに追う。
「はぁ。はぁ。はぁ。ちょっと。いったいどこまで――はぁ。はぁ。……え? あ――れ?」
ひたすら赤い目印を追って、それだけを見て来たのだけれど。
どうやらベネディクトも足を止めている。
気がつけば、白防壁のすぐ近くまで来ていた。
ここに来ると、嫌でもサヴァス様の顔と声が蘇る。
『絶対に規制区域に入ってはなりませんよ?』
ソレは、人間の作った規制の概念など知ったことかと言いたげに、白い大地の――規制区域内の上で澄ました顔でこちらを見ていた。
規制区域内の地面は、白防壁と一体になっているのか、一年を通して真っ白だ。色が白く見えるだけで雪さえも積もらない。
「ねえ! ベネディクト!」
呼びかけたけれど、彼は振り返ってもくれない。
何もそこまで意固地になって追いかけなくてもいいのに。
少し引っ掻かれたくらいで……。
「もう帰ろうよ!」
そう叫んだ時だった。
ベネディクトが白い地面の上に足を伸ばした。
嘘でしょう? 何をやってるの? 規制区域に入る気?
小動物相手に、周りが見えなくなるほど怒り狂っているの?
こうなったら頬を引っ叩いてでも連れて帰るしかない。
「ふう」
私も心を決めて白い大地に踏み出した。
ソレは規制区域の白防壁の近くで動きを止めている。
ベネディクトは一歩ずつ確実に近寄っている。
白い地面は凍っている訳ではなかった。
ツルツルと滑ることもなく、普通の地面を踏み締めているような感触だった。
私は無理して走った。
ベネディクトがソレを捕まえる前に、彼を引き戻さなきゃいけないから。
なんとなく、そうしないといけないような気がして頑張った。
あと少し。
もう二、三歩でベネディクトの背中に手が届く。
ベネディクトが私に捕まるのが嫌なのか、ソレはプイッと向きを変えて、白防壁に向かって軽やかに飛び跳ねていった。
その途端にベネディクトも走り出したので、私の手は彼の背中に届かなかった。
「待って! ベネディクト! 行かないで!」
……ああどうしよう。このままだと白防壁まで行ってしまう。
「駄目ぇー!!」
ソレは白防壁を前にして一度だけ振り返った。
ちゃんとベネディクトがついて来ているのかを確かめるかのように。
追いついたベネディクトが、ソレめがけて飛び付いた。
私も両手を伸ばしてベネディクトに飛び付く。
スローモーションのように、ソレとベネディクトの体が白防壁に打ち付けられたところを見た。
そして激しい衝撃から、私自身も白防壁にぶつかったのだとわかった。
全身を焼かれるような痛みを感じて、私は意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます