第6話 ゆにっとばす

 信次郎は、帰ってからも頻繁に和枝に電話を掛ける。表面上は、父の行方についての進捗状況を聞くためだった。

 しかし、その様子が新妻の機嫌を損ねたようである。


 信次郎は何かにつけて、父の行方探しに本腰を入れたいと、母や妻に願い出る。

 根負けしたのか愛想を尽かしたのか、妻が「どうぞご自由に」と言った。

 その言葉を聞き及んだ母・ユキも、渋々了承する。


 信次郎が再度上京してから約一月後。信次郎の妻は実家に帰ってしまった。その後、妻から離婚用紙が届いた。

 これにはさすがのユキも怒り、有無を言わさず信次郎を旅館に呼び戻した。悪いのは、信次郎の行いであるのは明白だった。


 ユキは、空き家となった東京の古い家を取り壊し、替わりにアパート建設を計画する。

 信次郎は、ここでも往生際悪く抵抗した。

「もし、親父が戻ってきた時、事務所が無くなっていたら、どんなに悲しむ事か・・・」

 信次郎はユキにそう訴えかけ、アパートの一階を事務所や店舗仕様にと強く主張した。

 結局、彼の主張は通り、一階の道路側に面した一室を店舗用に、一階残りのスペースを父親のために事務所とした。

 二階をワンルームの貸し室に、三階に家族や来客が泊まれるよう専用の住居を設ける。一部ワンルーム仕様の賃貸部屋もある。


 当時、旅館経営者達は温泉ブームに乗り、多くの観光客吸い寄せていた。その利益はかなりのもので、そのお金を使って、ユキは投資目的のアパート経営にも乗り出したのである。


 ゆにっとばす 


アパート名は「コーポやすき」と名付けた。このアパートは、単身者向けワンルームになっている。身軽な人が入居する分、入居退室も家族向け賃貸物件よりはサイクルが早く回転する。


 引っ越後には、次の入居者の為の、部屋クリーニングは必須である。以前は、不動産関係が近所の主婦等に掃除を頼んでいたが、近頃ではそれでは済まず、掃除専門業者が入るのが当たり前となっていた。

 コーポやすきにも、不動産会社と契約している部屋クリーニング専門業者が入っていた。

 自営業者で、繁忙期に奥さんも手伝うという、所謂一人親方の個人経営。その業者の代表者という肩書きをぶら下げているのが岩田邦夫。

 信次郎は、馴染みになった彼を親しげに「岩(いわ)ちゃん」と呼ぶ。


 その岩田が保来探偵社に現れた。

「また、暇つぶしに来たのかよ。奥さんがそんなに怖いのか?」

「ウチのかみさんは優しいよ。ただ、家でゴロゴロしていると『もっと稼いで来い!』って言うだけさ。子供達に金が掛かるし、俺は働き盛りの年代でもあるから、仕方ない」

「結婚すると、いろいろ大変だな」

「だよな。でも、プラスな面も一杯あるよ。所で、優雅な独身生活をしているもう一人の片割れは、今日は仕事かい?」

 木村和枝のことを指している。

「おお、不倫のデーター集めだ」

「信さんはいいよな。和ちゃんに任せっきりだもんな」

「岩ちゃんだって。どうせ、今日もサボりに来たんだろが」

「そうとも言える。まあ、そんなのはどうでもいいんだけど、実は頼みたいことがあって来たんだ」

 岩田の方から頼み事を言うのは滅多に無い。信次郎は興味を引かれた。


 そんな信次郎に、岩田は子細を語る。

 岩田は、数軒の不動産会社と仕事上の契約している。その中の、ある不動産会社が管理しているアパートで、入居者が瑕(か)疵(し)行為をしたまま引っ越してしまったのだと言う。

 その瑕疵を見つけたのが他ならぬ岩田だった。入居者が具体的にどんなことをしたのかというと、何とユニットバスの天井裏を勝手に改造をしていたのだ。無許可で改造行為をすれば、当然契約違反となる。

 一階の部屋を借りていた入居者が、ユニットバス天井裏に角材で足場のような物を造ってしまった。それだけなら誰にも迷惑が掛からず分らなかっただろうが、踏み外し天井部分に足を乗せてしまったのか、天井が部分的に凹んでいた。この状態のままでは次の入居者に貸せないので、その修理代を入居者に請求したいという。

 ただ、本人が何処に引っ越したのか分からない。一応、保証人が両親なのでその両親を通じて本人に、若しくは、行方が分からないのなら両親に請求したいのだと言う。

 保証人に請求するにも、文章や写真を送っただけで済めばいいが、大概すんなりいかない。

 不動産会社としては、出来れば入居者本人に払わせたいと考えていて、先ずは入居者の移動先を突き止めたいとの事。

 また、保証人である両親の状況も知りたい。相手次第では訴訟も考えなければならない。


 岩田は不動産会社社長の真意を説明する。


「不動産屋としては、退出時の立ち会いをする前に電話一本寄越しただけで居なくなってしまい、少し腹を立てている。出来れば本人をとっ捕まえて払えさせたい様だ」

「そうだな。本人にお灸をさせたい気持ちは分かる。ところでそいつ、天井裏で何をしてたんだ?」

「天井の蓋を開けると、その上に二階の部屋用のユニットバスが設置してある。普通の建て物は、一階と二階の間にコンパネなどで仕切りをし、一応防水加工を施す。が、そのアパートにはそれが無い。二階のユニットバスの底を角材に乗せたままになっている。」

「随分と安普請に造ってあるな。建物、大丈夫なのか?」

 保来は、呆れる。

「その辺は俺の建物では無いからどうでもいいけど。現場写真の撮影と、何の目的でユニットバスの天井裏に細工をしたのか、大まかな推理は必要だと思う。相手を追求する為にも」

 

 保来の会社は調査するのが仕事だから、依頼されるのを拒否する理由は無い。保来は岩田の案内で、部屋の状態を調査するために赴いた。

 保来は、実際に天井裏にもぐり綿密に調べる。そして、証拠とするための写真を何枚も撮った。

 入居者の男は、とんでもない行為をしていた証拠が見つかる。ますます捨て置けない案件となった。


事件の詳細は別「ゆにっとばす」小説をお読み下さい。

次回の「お化け屋敷」につづく

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ホラ探偵のらりくらり日記 大空ひろし @kasundasikai

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