第4話  再興 4

 大学を卒業した信次郎。何だかんだと言い張り、帰郷を渋る息子を、どうにか帰らせて孝太朗はホッとする。

 待ってましたとばかりに迎え入れた母・ユキ。ユキは思い切って信次郎に尋ねた。

「お前は、和ちゃんと結婚する気ないの?」

「どうして俺が和ちゃんと結婚しなければならないの?」

「だって、和ちゃんは旅館の女将として最適な人よ。結婚して、二人で協力し合えば良いのよ。それが信次郎の為にもなるんだから」

「多分、和ちゃんだってその気がないだろうし、俺は結婚する気無いから」

 ユキは、二人を姉弟の様に育てたのが拙かったのかと、自分たちの取った行動を反省する。


 和枝や信次郎が未だ幼かった頃、大女将だった祖母は女将の仕事をユキに引継ぐ。

女将として一線にたったユキの仕事量は一気に増えた。

 その様な状況から、ユキは信次郎の面倒見を和枝に頼るようになった。和枝も又、その要求に応える。


 旅館は、夜の九時頃になって仕事が一段落する。従業員達の食事もその頃だ。しかし、その時間帯では子供達の食事には遅すぎる。

 和枝と信次郎は自分たちの部屋で、客達の夕食事と一緒の時間帯に食べていた。その前後を含んだ夕食時間帯は、仲居達にとって大変忙しい時である。


 沢山ある夕食の運搬や配膳、客の追加注文や応対も必要。客数がとても少ない場合は部屋に運んで配膳するが、大概は大広間での食事となる。

  

 今でこそ、予約客がチェックインする前に寝具を準備して置く宿も多くなっているが、当時は、この食事時間中に各部屋の寝具を敷き揃えなければならなかった。

 それ故に、和枝や信次郎の食事など、見てあげられる人は誰も居なかった。二人は時間が来ると、少し静けさを取り戻した厨房の隅で、何時も食事を摂っていた。


 和枝と信次郎は、学校から帰ると先ずは温泉に浸かる。少し時間がズレると、チェックインと同時に、先ずはひと浴びと温泉に浸かる客が遣って来る。チェックイン受付前ならその心配は無い。

 だが、二人は大浴場には滅多に入らなかった。

 幸い、この旅館には鍵の掛かる家族風呂があった。ユキは二人を、その家族風呂に一緒に入らせていた。

 信次郎が、一人で入らせても安心出来る年齢までの積りだったが、忙しさにかまけて何時までも自由にさせていた。


 その習慣は、和枝が一〇歳頃まで続いた。性に感心を抱き始める年頃と知ってはいたが、結果的にどうなるものでは無いと考え、ユキは放置してしまった。 

 その事が、二人の間に異性としての興味を抱かない原因となったのではないかと、ユキは後で悔やんだ。


 実家に戻った信次郎は、都会ボケしたのか旅館業の修行にやる気を出さない。仕事をさぼってはボーッと遠くを眺めている。

 そんな徒然(つれづれ)と過ごす信次郎の姿を見て、ユキは一つの策を講じた。早く所帯を持たせ、都会生活を忘れさせようとの作戦である。


 ユキは早速、旅館業を厭わない花嫁候補を探し求める。決して贅沢は言ってられない。

 そんな中、旅館関係の業者仲間から一人の女性を紹介された。ユキは信次郎を強引にお見合いさせる。

 好きでも無い旅館経営という牢獄に押し込まれ、生気の抜けた信次郎は好き嫌いの感情も湧かないまま、ユキの為すままに結婚する。


 一方、保来孝太朗の興信所を手伝っていた木村和枝は、信次郎の縁談話が進むのと時を同じくして、突然仕事を辞めると孝太朗に告げた。

「私、結婚するので辞めさせて頂きます」

 唖然とする孝太朗。

「それはお目出度う」

 唯一言、そう言っただけで後の言葉が続かない。

 和枝の、決意を強く滲ます表情に、孝太朗は何も言えなし何も聞けなかったのだ。


 和枝は、その晩のうちに身の回りの物を持って出て行ってしまった。あれよあれよと言う間の出来事に、孝太朗は為す術も無く和枝の後ろ姿を見送る。


 暫く経って、孝太朗からその話を聞かされたユキは、一人心を痛めた。

 ユキや信次郎に特別に気を遣う和枝。彼女は、信次郎の縁談に支障をきたさない様に、自ら身を引いたのでは無いかと。

 ユキは自分の取った行動を猛省する。


次回の「父の失踪」につづく

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