第二十二話 鬼の宴会
東雲さんたちに追う形で険しい山を登り、途中の窪地にある鬼たちが住む集落・
そこまでは、良かったのだが。
「ひ、人、多くないですか?」
なぜか自分たちが着く頃には、集落の中心地の広場には、沢山の鬼たちが集まっていた。
大太鼓と、とんでもなく巨大な大太鼓。
見たことのない大きさ、自分の背丈の三倍近くある太鼓を、私は呆然と見上げる。
「これは、
私の視線に気付いたのだろう、春宵さんが教えてくれた。
「大鬼って……」
「たまに鬼からは、東雲のような大きな鬼が生まれる。その大鬼だけが、この太鼓を叩ける」
なるほど。辺りを見回せば、様々な背丈の鬼たちが駆け回っている。けれど、中には鬼以外の妖怪たちもちらほらいる。
そんな鬼や妖怪達が皆やんややんやと話ながら、地面に
そこらから聞こえる話し声を聞くに、黎明さんと東雲さん二人が太鼓を叩くから集まってきたようだった。
「なんか、皆さん集まってますね?」
「太鼓と喧嘩は
「本当に、調子のいい人たちですね」
私の疑問に春宵さんは小さく肩を竦める。その横で、深山さんが呆れたようにため息をついた。
酒だけではなく、様々なおつまみを持ってきている人達もおり、もうほとんど宴会場のようだった。
黎明さんと東雲さんは、二人とも太鼓の前で何かを打ち合わせており、すでに手には太鼓を叩くための棒である
「春宵さん。桴は、太鼓を叩くためのものですからね」
「おっと、聞かれてたか。すまん、すまん、つい、な」
東雲さんの熱い決意の最中、呟いていたことを春宵さんに指摘すると、彼は少しばかり眉を下げながら謝る。
まるで怒られた大型犬がしょぼんとしたような雰囲気に、流石に言葉がきつかったかと思い、私は今後気をつけてくれれば大丈夫だとすぐに許した。
「おおい! 今から俺達が、『鬼が恋』を叩くからよ、皆一緒に唄ってくれ!!」
どうやら準備が整ったようで、黎明さんが誰よりも大きな声で、観客たちに声を掛けた。観客たちである酒盛り中の鬼たちは、すでに酒が入っていい気なのだろう、皆楽しそうに大声を上げる。
自信満々な黎明さんの横で、今までになく真剣な表情で大鬼太鼓の前に立つ東雲さん。
私は春宵さんの腕から降りて、三人で静かに広場の片隅で見守っていた。
「夜明けを待つ東の雲のようにしぶとい漢、
たった、一打。
轟音が辺りに響く。
形容するにも、人何個分だと思うような大きさに、どんな言葉も足りないくらいだ。
全ての音が、研ぎ澄まされた太鼓の一音で掻き消される。あまりのことで、心臓が止まりそうだった。
「ばっきゃろぉ! やりすぎだ!」
「えっ、ごめんよ、兄ちゃん」
「まあいい! ほら! 兄弟連打だ!」
黎明さんはそう叫ぶと、桴を力強く握り、振りかぶる。
見事に軽々と拍子を刻む大太鼓。それと併せるように、大太鼓もまた芯から震わす音を鳴らす。
二人しかいないというのに、音の重厚感は素晴らしい。
まさにかっこよすぎる太鼓に、今度はこぶしが利いた歌声が乗る。
「ああぁ 月歌うがぁ 恋の歌ぁ」
誰の声だと、歌声を辿った。
声が聞こえるのは、鬼たちの宴会している中で、一番手前に座る人。鬼ではない、美しい背中に、真っ白な着物と、おかっぱの黒い髪、青白い身体が特徴的な人だった。鬼らしい角もなく、見ればその身体には幽霊のように足もなかった。
「流石、花子さんだな、唄が上手い」
「花子さん?」
春宵さんが言うに、どうやら二人の母親らしく、春宵さんとも長い付き合いがあるそうだ。
ああ、だから、二人を一番近くにいるのだろう。
格好いい太鼓の音に、こぶしの利いた歌声。酒の入った鬼たちは、気持ちよさそうに歌い始める。素晴らしい宴会だ。
そんな雰囲気に私もしっかり宛てられ、我慢が出来なかった。
よさ人、踊り子というものは、良い音楽に目がない。
特に、私のような学生よさこい上がりは、その音楽に振り付けがあれば、踊ってみたいと思ってしまう。
それが、自分が作った振り付けならば。
私の身体は、考えるより先に動き出す。
手を上げ、足を動かし、口も唄いながら。
くるりと回れば、少し驚いた顔をした春宵さんが目に入る。
私は、つい彼の手をとって、
「一緒に踊りましょう!」
この小さな踊りに巻き込んだ。
「どどんがどん! 繰り返し!」
「おお、どどんがどん!」
私の踊りを横目で見つつ、戸惑いながら真似をするように身体を動かす。あまりにもぎこちないけれど、くるりと一回転を上手く決められて喜ぶ姿も含めて、なんだかかわいい。
深山さんは、「若様!?」と止めようと試みたが、「深山! 楽しいぞ! お前もやろう!」と勝手に巻き込み始めた。
勿論、こんなにも人がいるのだから、私以外も気付き始める。
「なにあれー!」
「たのしそー!」
「おれらもやろー!」
小っちゃい子供の鬼たちが、私たちを見て、楽しそうに踊り始めた。
そうすると、子供達の甲高い声に気を取られた大人の鬼達も、こちらに気づき始める。
「なんだなんだ、あれがよさこいって奴か?」
「若様、下手くそだなぁ。お姉ちゃんのが、動きにキレがある」
「楽しそうじゃねぇか、俺もいっちょ踊るか!」
「俺のが上手いぞ!」
「いやいや、俺のが!」
酔っ払った鬼たちが、一人、また一人と立ち上がり、私たちの元に来ては一緒に踊り始める。
私の真似をするものも、自分なりに踊るものも、ごちゃ混ぜになりながら踊る。
子供たちも皆楽しそうに、飛び跳ねていた。
勿論、踊らず酒を飲むものも、手拍子足拍子を鳴らす人もおり、宴会がどんどんと盛り上がっていくのがわかる。
ああ、そうだ、総踊りって、これだ。
沢山の人達が一つの曲を色々な風に楽しむ。
久々に感じた群舞の圧、私はこれが本当に好きだ。
「一白、楽しいか?」
踊っている最中、春宵さんが私に問い掛けた。
「勿論です! ありがとうございます!」
私は踊りながらも、彼へと顔を向けて、大きな声でお礼を言う。優しく頰笑んだ春宵さんに、私はただただ感謝した。
「ああぁ鬼が恋ぃ 鬼が恋ぃ 君が恋ぃ」
最後のワンフレーズ。
これがこんなにも寂しくなるなんて。
私はそう思いながら、両手を天高く上げた。太鼓の最後の一音が聞こえる。すれば、誰からともなく拍手と歓声が波打つように、辺りに広がった。
兄弟は楽しそうに笑いながら、こちらを見ている。
「おいらが、太鼓を叩くから! もっと上手くなるから! 若様たち、絶対よろしくだぁ!」
東雲さんが大声で私たちに叫ぶ。私は嬉しくて、東雲さんにも届くように「頑張ります! よろしくお願いします!」と声を張り上げ、頭を下げた。
これで、一歩進んだ。
私は嬉しくて、前世で仲間にしていたように、この感動を伝えたく春宵さんに抱きつく。
「やりましたよ!」
「お、おう、そうだな」
急なことでびっくりしたのか、何故か歯切れの悪そうな春宵さんだったが、そのまま私を抱え直す。
少しばかり、耳と角が赤かった。
「一白、そろそろ帰ろう」
まだまだ続きそうな鬼たちの宴会だったが、私は春宵さんに連れられて帰宅した。
その日の夜だった。
眠りついていたのだが、部屋の外から何か騒ぐ声が聞こえ、目が覚めてしまったのだ。
声がする方向は、庭側。
聞き覚えのある声と、知らない声がごにょごにょとくだを巻いている。
私は何事かと、聞き耳は行儀悪いと思いつつも、障子越しに耳を澄ませた。
「全く、若様もあんなに先代のようになりたくないと言っていたのに」
「仕方ない。鬼というのは勝手だ。血の呪いには勝てまい。お前が見誤ったのだ」
一人の険しい口調に低い声は、渡里さんのもの。そして、もう一人は随分と調子の良さそうな口振りであった。私は何となくだが、それが何を話しているのか、すぐに察する。
そう、これは。
「また、鬼の一目惚れのせいで、すべて崩れた」
呪いと言われ、今春宵さんが私にした、鬼の一目惚れについてだ。
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