第二十一話 東雲の真意


「はい、格好いいです! モテます!」

 東雲の問い掛けに、頭で考える前に反射的に返答する。


「えっ、モテ?」

「あっ、い、色男になれます!」

 つい、勢いのまま話したせいで、前世の言葉が口から出てしまった。聞き直してきた東雲さんに、私は慌てて言葉を言い換える。


「それは……こ、こんな、おいらでもか?」

 どこか自信なさげではあるが、声を震わしながら勇気を振り絞って尋ねてきた。

 私は、すぐに言葉の真意に気付き、自信満々に強く頷いた。


「勿論!」

 正直、過言である。

 しかし、実際に前世では太鼓の打ち手はかなりモテていたので、経験則からなら嘘ではない。世の中、説得するためには、大きく出るのはったりも大事だ。


 私の言葉に、東雲さんは気合い入れたのか、バチンッと両頬を叩いた。骨身に染みるほど痛そうな肉の音が響くが、頬を赤くした東雲さんは力強く笑った。


「おいらが、太鼓やる」

「はあ!?」

 失意はどこへやら、熱意の炎が燃えるような瞳で私に向かって決意した。

 唐突な宣言に驚きの声を上げた黎明さんは、弟の胸ぐら目がけて飛びかかる。

 やはり慣れているのであろう。背丈は二倍以上あるというのに、東雲さんの着物の襟元を見事に掴んだ。足もまるでロッククライミングのように、しっかりと東雲さんの身体を捉えていた。


「お前! んなの口八丁に決まってんだろ! 何乗せられてんだ!」


 どうやら、黎明さんは私の言葉の裏に気付いていたよう。かなりストレートに指摘する。しかし、それでも一度燃え上がった炎は簡単には消えない。


「おいら、寝ながら何度も考えたけど、母ちゃんの首を切れねぇ、相手の男をやっちまうのもできねぇ」


 あまりにも物騒な言葉は、確実に春宵さんが先ほど捲し立てていた内容の影響だろう。

 東雲さんの巨大で強靱な体格なら、大抵の生き物なら瞬殺出来ると思われるため、彼が優しい性格をしていて良かったと心を撫で下ろす。

 安心した私の隣からは反対に、「いや、東雲なら一捻りだろ?」という春宵さんの呟きが聞こえたが、今は空気感的にしっかりと無視する。


「お……そ、そうだな、お前は、うん、それは良かった、な」

 頭に血が上りきっていた黎明さんも、まさか弟が真に受けて検討をしていた事実に、一気に血の気が引いていた。


「でも、太鼓なら、誰も傷つけねぇ」

 力強く、優しい、彼が行き着いた結論。

 その結論に辿り着いて安心した、いろいろな意味で。

 隣から「ばちやら太鼓やら使って、脳天一発ドンッと……」という空気の読めない呟きが聞こえたが、引き続き聞かないふりで無視を貫く。流石に深山さんも「若様、それは今言うことではないです」と淡々と諭していた。


「漢として、鬼の漢として、か?」

 今だ弟の襟首を掴んでいる黎明さんは、芝居がかった言葉で尋ねた。東雲さんはまた、力強く頷いた。


「それで、振り向かせるって決めたんでぃ!」


 兄に向かっての宣言は、この森の隅々まで行き渡るような大音量で、風のように私たちや気を揺らす。

 あまりの大きさに、耳の鼓膜がぐわんぐわんと反響し痛いほど。

 大声だけで、下手したら一人や二人なやってしまえそうだ。

 ふらりと身体を傾けた私は、何度目かの春宵さんによって抱き上げられた。

 腕に戻ってきたのか、嬉しそうに笑う春宵さんに、私は申し訳なさそうに身体を竦めた。


 そんな私たちよりも、近くで東雲さんの声を受け止めた黎明さんはというと。

「おうっ、それなら、話が早ぇ。今から、太鼓叩くぞ。この月隠国随一の太鼓の打ち手である、兄ちゃんが教えてやる!」


 兄としての指名に火がついたのだろう。

 弟に負けないほどに叫んだ彼の背中には、弟と同じように熱い炎がメラメラと宿っていた。


「もう、今からやるしかねぇなあ! 弟よ、ついてこい!」

 弟から飛び降りた黎明さんは、善は急げと言わんばかりに、森の中へと走って行く。


「勿の論だ! あ、若様たちも聞いてくれるだろ! ついてきてくれ!」

 東雲さんも兄の背中を追いつつ、私たちに来るようにと手招きする。


「ならば、一白、行こうか」

「は、はい」

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