第十九話 回る口
春宵さんの感情がそぎ落とされた、純粋な問い掛け。
そこには、怒りも、呆れも、悲しみもない。
ただ、その凍てついた鋭さは三つ巴で言い争っていた人達は、凍り付き言葉をなくすほどだ。
「え?」
「ここで道草食う暇があるなら、惚れた相手の恋人の首くらい持ってこれる。さっさと始末すれば、手っ取り早いだろう」
なんと物騒なのか。東雲さんは絶句したまま目を見開いた。そして、私の身体からは完全に血の気が引いていく。
「そ、それじゃ、彼女に好いて貰えねぇから」
「なら、なんで好いてもらいたいのに、ここにいる。時間は有限。こんなくだらない言い争いなんかほっぽって、その彼女とやらに行動で示せばいいだろう」
東雲さんの反撃も、文字数倍以上の正論で捻じ伏せる。
「そんな、こと、で、できない」
「では、うだうだ文句だけ話すお前の口は、何のためにあるんだ?」
少しでも抗う言葉を口にするだけで、即座に木っ端微塵に撃破される。あまりにも高い攻撃力の口撃に、呆然と春宵さんを見上げた。
その視線に気付いたのか、春宵さんは無表情から微笑みに変えて、私を瞳に映す。
「我にはこの良く動く口があるから、何度も一白に好きだと伝える」
先程の冷たさとは一転した、いつもの甘く優しい春宵さん。あまりの温度差に風邪を引きそうというのは、こういうことなのだろう。
硬直したままの私に、春宵さんは戸惑わず言葉を続ける。
「誰よりも鍛えた腕があるから、一白を守れる」
たしかに、筋肉隆々の腕は片手で私を抱き上げており、何かあったらすぐに私を支えてくれていた。
「誰よりも早く動ける足があるから、一白の傍にいつでも駆けつけれる」
思えば、あの夜遅く枯山水を眺めていた時も、気付けば傍にいた。
「この良く聞こえる耳があるから、一白の吐息ですらも聞き逃さない」
最初の出会いは、私が助けを求めたから。真っ暗な土蔵の中で、小さな声しか出せなかったのに、彼の耳にはしっかりと届いたのだ。
「培った財力と権力があるから、一白のどんな願いも叶えられる」
よさこいをやりたいという希望も、些細な制止も、無理矢理同行するのも。私が望めば、全て叶えてくれる。
「日中関係なく千里先を見える目があるから、好きなだけ一白を見守れる」
春宵さんの視線は、殆どの時間、私に向けられていた。
今も自信と愛に満ちあふれた視線は、私にこれでもかというほど注がれる。
彼の五感を、どれもこれも全て、彼が私に。
私を見下ろす桜色の瞳が、一瞬だけ瞑る。そして、ゆっくりと私から、また東雲さんへと移っていく。酷く厳しい顔つきだった。
「どれも有しているというのに、なんだかんだ言って駄々をこねるだけ、自分の立場というぬるま湯に浸かったまま、何もせずぐちぐちという者はな」
喉の奥から潰したような声は、太鼓のごろごろとした音のような地響きのよう。
私は身を小さい縮こめながら、何かを引き留めるかのように、春宵さんの着物を掴んだ。
「ただの臆病で、甘ったれで、怠慢な、大馬鹿ものでしかない」
なんとも切れ味の良い言葉の刃が、容赦なく東雲さんに振り下ろされる。
ドンッ、地面に何か重い物が倒れたような振動。私は驚き、反射的に震源地へと顔を向けた。
言葉に耐えきれなかったのだろう、ぶっ倒れた東雲さんが仰向けのまま地面に転がっていた。
「東雲! おい、大丈夫か!?」
黎明さんが、東雲さんに駆け寄る。必死に声をかけるが、白目を剥いて泡を吹いており、何度顔を叩いても起きる気配はない。
「言い過ぎだろ! こいつだって、うちのおかんと挟み撃ちだったんだ! 少しは汲み取れ!」
大事な弟が言葉によって気絶させられたのだ。黎明さんは血管を浮き上がらせながら、春宵さんをギッと睨みつけた。普通の人なら震え上がる程の怒気、私は喉から変な呼吸音を出しながら、更に小さく縮こまる。
しかし、睨まれている張本人はどこ吹く風であった。
「そんなにも耳障りな言葉で悩むなら、母親の喉でも潰せばよい。人の恋路に口出すものは、馬に蹴られて死んでも良いと先人も言っているのだから」
あまりにも、淡々としたまま、えげつない。
冗談と思いたいが、そこには茶化しもなにも存在していない。
出会ってからずっと、春宵さんはいつでも、真面目に本気で応えている。
嘘をつかない人だ。
だからこそ、逆撫でてしまうのだ。
ブツン、何かがはち切れる音が聞こえた。
「流石、若様は親に育てられてねぇから
黎明さんが、爆発した。何降り構わず、唾をまき散らしながら捲し立てる。言葉には、私が知らない春宵さんの、センシティブな話。
親に育てられていない、母親の有り難みがわからない等、他人が勝手に話していい内容ではない。
「力だけあって、お可哀想に! あれだけ、一目惚れを『呪いだ』って言ってたのにな! 結局お前も先代と一緒じゃねぇか!」
黎明さんは、嘲り笑った。
一目惚れが、『呪い』?
先代と一緒?
頭の上から冷水を掛けられたかのように、血の気が足先へと抜け、酷く身体が寒く冷えていく。
春宵さんが、一目惚れしたのは私だ。
しかし、黎明さんの言葉を信じるならば……。
「黎明、口を慎め。若様の育ちは関係ないだろ!」
「うるせぇな、金魚の糞ごときが!」
今まで黙っていた深山さんが、遂に怒鳴った。黎明さんも怒りの矛先を、今度は割り込んできた深山さんに向ける。
少しも反応しない春宵さんを、私は見上げた。
無表情ではある。けれど、先程見たような無機質な冷たさはなく。
どこか、儚く……。
私はそっと、春宵さんの頬へと手を伸ばした。
今触れなければ、桜の花が散るように消えてしまう。何故か、そう思ってしまったのだ。頬に手の感触を抱いたからか、ハッと目を開いた春宵さんは、ゆっくりと私へと視線を落とした。
「一白、どうしたのだ?」
私は彼からの質問に、何も応えられなかった。明確な理由はない行動だったと、申し訳なくなった私は手をすぐに頬から離した。
それと、同時だった。
「ああああもう、ぜってぇ、俺は太鼓、叩かねぇからな!」
しまった。
私はそこで、本来の
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