第十七話 鬼のパンツ


「ああ、この洞窟を塞ぐ邪魔で大きいだけの置きものは、東雲しののめか。汚い下穿き・・・を晒すのが趣味とは、鬼も趣向が広いものだな」

「若様、言い過ぎです」

 春宵さんはまるで朝の挨拶をする軽さのまま、スラスラとちくちくとした毒を吐く。深山さんが優しく止めるが、全て言い終わってからでは何も意味が無い。私は虎のパンツを見ないように、少しばかり、指の隙間から辺りを窺う。


「おめぇ! 弟のこと馬鹿にすんじゃねぇ! 若様だからってな、容赦しねぇぞ! こちとら、この世の明けを鳴らし轟かせる黎明さまだぞ!」

 予想以上に厳しい言葉に、黎明さんもぷっつんと血管が切れたのか、般若の形相で怒鳴り散らす。まさに怒れる太鼓の音のような気迫だ。しかし、春宵さんは少しも動じない。


 これは、睨み合いが始まりそう。

 ただでさえ、現状どこにも音楽を頼れない状況。こんないざこざで拗れるのは困る。


「ちょっ、落ち着いてっ……」

 気付けば制止しようと、勢いのまま声を上げた。

 しかし、私の頑張りは、遙か大きな音によって掻き消された。


「うおおおぉんっ! おいらの気持ちなんて誰もわからねぇんだああああ!!」


 近くの火山でも噴火したのかと思うほどの、鼓膜を破るような轟音と、地震のような震動。

 叫んだのは、方向的にあの山のような虎パンツの持ち主であろう。

 あまりにも急なことだったため身を危険を感じ、隣にいた春宵さんの背中に隠れ、耳を押さえる。

 きんきんと痛む耳と頭に、視界はくらくらと回り、涙が自然と出てくるほど。


 私の異変に気付いたのか、春宵さんは私の身体を優しく抱きしめた。


「許せん」

 耳の隙間から微かに聞こえた春宵さんの、怒りに任せたような唸り声。私が腕の中から見上げれば、桜色の目を見開いた春宵さんが虎のパンツの方を睨みつけていた。


「静かにしろ、東雲。出来ないなら、お前の家を破壊する」

 言葉や言い方は淡々としてはいるけれど、逆らってはいけないのが、ひしひしと肌で感じる。私でも伝わるのだから、鬼にとってはそれ以上の効果なのだろう。

 あんなにも大声で泣いていたのに、ぴたりと止んだ。静かになったことを確認した私は、耳から手を離す。


「で、東雲。何を泣いてるんだ。洞窟に顔突っ込んでねぇで、説明しろ」

 相変わらず調子の変わらない春宵さんは、いつもよりも語気が荒めに、虎のパンツに厳しくあたった。


「弟は図体のわりに、のみの心臓なの知ってるだろう。そう、詰めんじゃねぇよ」

 黎明さんは言葉はぶっきらぼうかつ酷いが、彼なりに弟の庇っているのが伝わる。

 しかし、そんな兄の気持ちを感じたが、春宵さんは眉一つ変えない。


「一白を泣かせたのだ。本来なら五体ばらして、海に流しても良いのだぞ」

 それどころか、輪をかけた恐い脅しをしてくるものだから、勝手に理由にされた私の身体から冷や汗が流れる。


「春宵さん、お、落ち着いてください……!」

 私が急に声を上げたから驚いたのか、春宵さんはすぐに私へと視線を向けた。


「一白、我は落ち着いているぞ。ああ、愛らしいお目々が、涙に濡れておるではないか」

「私なんかより、大事なことが」

「一白よりも、大事なものはない」

 春宵さんは悲しそうに眉尻を下げると、指の腹で私の瞳を優しくなぞる。物騒なやりとりから反らせたが、これはこれでキツイ。

 私は横目で黎明さんへと視線を向けた。


 臨戦態勢だった黎明さんは、まるでお化けでも見たかのように、ぎょっとした目をひん剥いていた。


「まじだったのかよ。若様も『鬼の一目惚れ』したのって!」

 

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