第十五話 知らんがな
「すまん、演奏、断られた」
『鬼が恋』の振り付けをお披露目してから数日。
後頭部を掻きながら、申し訳なさそうに笑う春宵さんに、私は目をぱちくりする。
「断られた、ですか?」
「いやー、三味線とか、笛とか、歌とか……色々各方向に頼んでみたのだが、門前払いを食らった」
「ええっ!?」
「まあ、太鼓だけは鬼の十八番だから、それだけはどうにかなると思うが」
ハハハッと笑いながらも謝る春宵さんと、半歩後ろで苦虫を噛み潰したような顔の深山さん。
一体、どうしたのだろうか。
振り付けをお披露目した後、様々な準備に関して「我に任せてくれれば、大丈夫だ」と言っていた。正直、偉い人ではあるとは流石に察していたので、それならと甘えてしまった部分もある。
誰もが言葉に悩む空間を、突き破ったのは意外な人だった。
「若様!」
大声を出しながら部屋に乱入してきたのは、顔中に怒り皺を刻んだ渡里さんだった。その手には乳白色の手紙三つが握られていた。
「ろくろの花街、人魚池、猫啼き山から訴状が届いているのですが!」
「ああ、
住んでいる妖怪を察することができる地名に対し、春宵さんはすぐに反応した。
そして、断られた理由が解らず不思議そうに首を傾げる春宵さんに、ついぞ渡里さんの堪忍袋の緒が切れた。
「断られて当然」
ドスの利いた地を這いずる低音、渡里さんは更に春宵さんに詰め寄った。顔と顔が触れあうのではと思うくらいの近さだ。
深山さんは自分の父親の怒りに触れたからか、顔が青く染まった。
「ここは皆、若様のせいでこの前縁談を白紙に戻した、
初めて聞いた。しかも、それって、つまり。
深山さんの次に、私の身体から血の気が一気に引き、ザアッと顔が真っ青に変わった。
許嫁って、婚約者ってことでしょ。
それを断ったって。
私に一目惚れしたとは聞いていたが、こんな酷い事態が起きていたなんて、思わず申し訳なさと居心地の悪さで気持ち悪くなってきた。
寧ろ、なんで確執があるところに、
あまりの無神経さに、私は信じられない気持ちで春宵さんを今一度視線を向け直す。
「ああ、そんなこともあったな」
しかし、彼は相変わらず淡々としたままだ。まるで、昨日の晩ご飯を思い出したかのような言葉の軽さ。
こんな誰もが触れたくない逆鱗に、がっしり逆撫でしたのにも関わらずにだ。
「渡里、お前が勝手に結んできた縁談先か」
なにも感情のない涼やかな表情で、口角だけを上げた微笑む。いつかの会合で少し見せた、虚無を体現したような姿だ。
「それは、若様が結婚なんぞしないと!」
「仕方ない、昔は一白に出会ってない」
「そのような、貧弱極まりない穀潰しを、ですか?」
あまりにも酷い言い草であるが、確かに今のところ全てが当てはまっているため、抗議したい気持ちを飲み込む。
しかし、それよりも先に、春宵さんが動いた。
渡里さんの頭を鷲掴むと、自分から遠くに離すように、ぽいっと投げ飛ばす。渡里さんは畳へと転がりつつも、すぐさま体勢を立て直した。
「若様!」
「お前が勝手に杞憂しただけのことを、我のせいにするのは許そう。ただ、関係の無い一白を非難するのは、許さぬぞ」
春宵さんは鋭い視線を渡里さんに向ける。
淡々としつつも、言葉の端々に怒りを滲ませていた。しかし、渡里さんは怯むことなく、厳しい視線で春宵さんを睨んだ。
「……
鬼の一目惚れ。以前も鬼たちが話していた言葉。ただの一目惚れだと思っていたが、ここまで言葉を連呼されると、どうしても引っかかる。
一体、何なのだろう。けれど、私には踏み込む勇気はない。
「ああ、一目惚れだ。お前も、良く見てきただろう」
春宵さんは、淡々と応じる。
全ての言葉がどこか、投げやりに感じたのは、私だけだろうか。
そして、何よりも。
春宵さんに惚れられたことによって、私の知らぬところで、敵が出来ている可能性に頭を抱えた。
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