第十三話 総踊り

「おお! 一白も同じ意見か!」

「はい! 皆が参加できる、よさこいにしましょう!」

 皆が参加できるよさこい。

 骨幹として、理想的で、そして、私が求めるよさこいだ。

 では、その理想に対して、最初に何を作るのが良いか?

 皆が作れる、誰でもよさこいを踊れる、一番簡単なもの。


「一白の好きにして良い・・・・・・・ぞ」

 春宵さんの、優しくも頼もしく強い言葉が私の背中を押した。


総踊り・・・、作りましょう」


 総踊り。繰り返しの音楽と簡単な振り付け、祭りに来た人が皆すぐ踊れるようなレベルのものを。

 祭りの踊りと言えば盆踊りだが、総踊りは盆踊りよりも激しく自由度が高い。フリを間違えてもかまわない、皆で楽しめれば成功。


 前世では正調よさこい鳴子踊りや、うらじゃ、よっちょれ、ソーラン節など、全国各地で沢山の総踊りを踊ってきた。


「ちょっと、お見せしてもいいですかね」

 どうせなら数え切れないほど踊ったソーラン節でもと、私はゆっくりと立ち上がる。

 しかし、一つ私は大事なことを忘れていた。


 まだ、自分は病み上がりであることを。


 途端に立ち眩みが襲い、ぐらりと身体が傾く。後頭部から崩れ落ちたせいで、腕は藻掻くだけだ。

 あっ、これ、やばい。頭、ぶつける。

 痛みに備えて、身体に強く力が入った。

 しかし、私の身体は廊下に倒れる前に、力強い腕が私を捉えた。


「まず、作るためにも体調を万全にせねばな」

 春宵さんは私を軽々と抱き上げると、布団まで運んだ。


「お手数をおかけしました」

 流石に調子に乗りすぎたと謝れば、「そう言うところ、目が離せぬのが面白くて良い」と楽しそうに返された。

 連日ずっと春宵さんに運ばれすぎているので、春宵さんが言うとおり休むべきだろう。頭を使ったのもあり、身体にほどよい疲労感。

 目を瞑れば、すぐに眠れるだろう。実際にもう既にうとうとと目は開いたり、閉じたりを繰り返していた。


「よく寝て、食べて、ゆっくり休むが良い」

「優しいですね、春宵さん」

「愛しい一白だからだ、一白にだから大事にしたいし、願いも叶えたい。必要なら、子守歌でも歌おうか」


 やはり、理解できない。私は、春宵さんにここまで好かれるような人間ではない。けれど、夢を叶えるという言葉を絶好のチャンスだと思ってしまう、自分の狡さがとても憎かった。


「……では、歌って」

「良いだろう、昔母が歌った歌だ」


 頭を撫でる大きな手、桜の色の瞳は私を優しく見下ろし、その唇は囁くように歌い始める。


「ああ おにがこい おにがこい」

 単調だけれども、耳に残るよい民謡だ。とんとんと寝かしつける手の動きも合わさり、気付けばすっかり眠ってしまった。



 それから、二日ほどだろうか。

 身体が回復するまで、部屋で過ごし、とにかく身体を休めた。

 ちなみに、文字だらけにした庭は、庭師のおじいちゃんである幽霊の霞さんに謝罪済みである。

「若様と深山様がようようやっとるので、慣れてますわい」

 本当に慣れているのだろう、ものの見事に元の枯山水を描ききってしまった。

 強く拍手してしまうくらい、素晴らしい職人芸であった。


 そんな日も経て、本日遂に

「よさこい始動したいと思います」

 と相成った。

 私はお岩さんが用意してくれた動きやすい格好——桜小紋の白い着物に紺色のたっつけ袴に身を包み、屋敷内にある稽古場にいた。


「ほうほう、ではまず総踊りとやらだな」

「お、待ってました!」

「で、まず何をするんです?」


 春宵さん、お岩さん、深山さんの三人と、円になるように座って、お互い顔を付き合わせていた。


「『鬼が恋』で、総踊りの振りを作ったので見ていただきたいです」


『鬼が恋』。

 それは私を寝かしつけた時に歌っていた民謡の名前だ。

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