第八話 よさこい
「よさこい、なんだそれは?」
春宵さんは不思議そうに首を横にこてんと曲げた。
「盆踊りは、わかりますか……」
「わかるぞ。祭り囃子にあわせて、こう踊るやつだろ」
私の質問に春宵さんは手のひらをひらひらと頭上で踊らす。この世界に生まれてから、あの踊り念仏以外では初めて見る踊りの概念。
なんとなくではあるが、盆踊りの概念は前世と変わらないようだ。
「それの更に自由になって激しくなったような感じです」
「ふむ」
まだ理解しきれていない部分があるだろう。
正直、わかる。わたしも思う。
よさこいって、なんだって。
前世では五年もの間見続け、三年は実際に踊っていたのに、よく考えると自由すぎて全く説明できない。
でも、だからこそ、大好きなのだ。
「よさこい、本当に楽しいです!」
親によって、難関大学に入るために勉強以外を禁じられた十八年間。
虚無のような人生を、塾の近くで行われていたよさこいの演舞が覆したのだ。
よさこい。鳴子——しゃもじのような形をし、面部分に木片がつけられた楽器——を持って、鳴らしながら踊るのが特徴の伝統舞踊。
前世の日本では、さまざまな地域でよさこい祭りが開催されており、各地の土地独自の文化が展開されている。
よさこいの良さは、ほとんど制約がないことだ。
表彰式がある祭りでは、それなりに規定が決まっているが、正直賞狙いでなければなんでも良い。
鳴子を最初十秒しか使わない演舞や、全部ヘビーなロックソングの演舞も見た。本当に、本当に、自由なのである。
ちなみに発祥の地については、安易に触れると火傷する。何度かこの話題で、燃えているのを見た。
「特殊な楽器とかを持って、道を踊り進むんです。歌ったり、叫んだり」
「それを全て?」
「いや踊るだけのところもありますし、道を進まないよさこいもあります。声出さないこともあります!」
なんなら踊らずに、有名なアニメのポーズだけでよさこいを踊っていたのを見たときは、無限の可能性を感じた。
もちろんステージ特化のよさこい、例えば大漁旗のような大きな垂れ幕を何枚も使う壮大な演舞もみてきた。
いなせな和装だけではなく、巫女服や学ラン、陰陽師をモチーフの衣装。ふりふりの可愛いドレスや、カーボーイハット、執事服。きっちりとした学生服に、アニメキャラのコスプレ、クマの毛皮を背負った人もいた。
色々よさこいを語りたくなっているが、流石に自重しなければとグッと堪える。
「でもよう、踊りなんてめんどくせえだろ」
「そうだなあ、やったことねえしな」
「ああ、てか踊りなんて女々しいんなんかできねえよ」
「楽器とか小道具とか小難しいしなああ」
黙っていた鬼たちだっただ、一人がぼろりと不満を出せば、次々にぼやき始める。どんどんとよくない方に転がっていくのを感じた私は、春宵さんの腕の中から上半身を乗り出し、鬼たちに勢いよく語りかける。
「それに、よさこいと言えば、祭り。祭りと言えば、どんちゃん騒ぎ! そして、どんちゃん騒ぎには、酒!」
「酒!」
「祭り!」
「どんちゃん騒ぎ!」
「そりゃあいい! 最近そういうのめっきり無かったからな!」
どうにかこれ以上悪くならないよう、必死に鬼たちが望むワードを主張する。
よさこいには、祭りが欠かせない。
祭りは、どんちゃん騒ぎしてなんぼ。
そして、どんちゃん騒ぎには、お酒が必要だ。
比較的に目先の利益に乗りやすい単純な鬼たちは、さきほどの不満な様子はどこへやら。手のひらを返して、賛同し始める。しかし、勿論よくないと考える人もいる。
「全員、恥を知れ」
低く這うような年輪を感じる重低音。前面に出た怒気に、皆一同すぐに言葉を飲み込んだ。
そう、渡里さんである。
「百鬼夜行は、元より月隠国の伝統的な神事である。それを、そんな俗物のような理由」
かなり厳しい視線を、言いだしっぺである私を射殺すように向ける。その瞳は、前世の母親や今世の父親を思い出す、冷たく恐ろしく固く鋭いものだ。
前世でよさこいは伝統的なものだが、先ほどの自分の鬼に対する釣り方も相まって、この世界で俗物という印象を受けているのは仕方ない。
正直、しまった、と自分の選択を誤ったのを感じた。
しかし、乗り出したまま焦って固まる私を、優しく抱き直す腕。ころりと、腕の中に戻れば、春宵さんが微笑んで見下ろしていた。まるで、子供をあやすように、私を柔らかく包む。
「その伝統を百年の間も行わなかったのは、我らだぞ」
ドンッ。軽く鋭い力で面を叩いた太鼓のような、繊細かつ存在感のある力強い声。
全てを黙らせ、簡単に視線を奪う王者の貫禄。
「まいすいぃとはにぃ、一白」
「はい」
急に名前を呼ばれ、私は反射的に返事をした。
春宵さんは満足そうに笑うと、すぐに美しい真剣な眼差しで問う。
「よさこい、したいのか」
迷いはなかった。
「はい!」
心の底から望むモノを掴みたい。この世界に来て初めて、前世で追い続けた夢がそこにあるのだから。
「では、決まりだ」
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