第七話 提案


「それなら……っ!」


 頭に浮かぶは、前世で、ひたすら思い描いた、夢。

 シャンッ、白木が涼やかに鳴る音。舞う赤い和装。太鼓、三味線、笛の音。踏みならす足音に、笑い合う人達の揃った声。


 前世から、いつまでも、私の頭にある夢。

 駆け抜けた記憶の勢いに押されるように私は、気付いたら大きな声を上げていた。

 思いついたまま、勢いよく。混沌としていたのに、まさかのところから声があがったせいか、一瞬にして静寂に包まれる。


 私はしまったと自分の口を手のひらで塞げいながら、周りをゆっくりと見渡す。

 鬼たちの不思議そうな視線、深山さん親子の訝しげな視線。そして、驚いたように私を見下ろす春宵さんの視線。


 この空間にある、視線という視線全て私へと向けられていた。


 やってしまった。


「な、何でもないです……」

 恥ずかしくて逃げるように小さく呟いた私は、自分の腹を見るように視線を下げる。

 鬼たちは「なんだよ、人騒がせな」と文句の矛先を私へと変える。深山さん親子も同じように険しい表情で私から視線をそらした。


 しかし、春宵さんだけは違った。


「一白、それなら何だ・・?」


 目を大きく見開き、桜色の瞳が爛々と輝く。ずずずいっと私に近づく美しい顔。物理的に逃げようと背中側に仰け反ろうにも、今も彼の腕の中だ。


「で、でも、大した案じゃ」

「何を言う、それは聞いた我が決める」

 逃げ腰の私だったが、スパンッと退路を断たれた。どうしよう、やってしまった、と背中から冷や汗を流す私に、「それにだな」と春宵さんは優しく微笑む。


「まともな意見も出さずに愚図るこいつらより、案をちゃんと思いついた一白の方が、よほど・・・偉いからな」


 しかし、表情とは裏腹に、彼の声には抑揚がない。室内の温度が一気に下がり、褒められているはずの私の背筋すらもしっかりと凍った。鬼や深山さん親子さえも一切言葉を発しない。

 恐ろしくも静かな空間。


「それで、一白、一体何が思いついたんだ?」

 春宵さんはさらりと仕切り直すかのように、もう一度私に尋ねる。優しい表情ではあるが、私にとっては喉元にナイフを突きつけられているのと代わらない恐ろしさだ。


「は、はい、あ、あの、条件にあてはまるものが、ありまして」

「条件?」

「はひぃっ! お酒を飲み、どどどんちゃん騒ぎしながら! 陽本国まで歩く新しひぃっ方法ですっ!」


 どんどんと近づいてくる顔、鼻を超えて、あと少しで唇も触れるほどの距離だ。

 目の潤みや球体感もわかり、私の精神はぎりぎりまで詰められていく。思わず顔を背けようと横にゆっくりとずらそうとしたが、すぐに彼の大きな手に顔を優しく捕まれた。


「ほう、どんな方法だ」

 ざらりと、私の頬を彼の鋭い爪がなぞる。

 痛くはないが、爪先の感触的に私の顔を切り裂くのは容易なほど、研がれているのが分かる。


 どう考えても、私を好きだからとやる行動ではない。先ほどは一目惚れと言っていたが、これでは全く信用できるはずがない。

 しかし、もうとっくに逃げる選択肢もない。

 私は、覚悟を決めて、声を出した。


「よさこい、なんていかがでしょうか!」


 よさこい。

 それは、前世に住んでいた日本という国に存在した伝統舞踊であり、勉強漬けだった私が唯一目指すことを許された夢であった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る