第六話 百鬼夜行


「一白、気になるか?」

「……私のせいで、問題解決出来なかったのでしょ」

 段々と申し訳なくなってきた私は、春宵さんの問い掛けに小さく頷く。

 深山さんたちの話をまとめると、現在春宵さんには『百鬼夜行の復活』という問題が生じているのだろう。また、問題に対し神通力とやらで解決の糸口を探った結果、示された場所が私の家付近だったのだろう。ただ、運が悪い事に私がそれを遮ったのだ。


「ああ、そうです」

「深山!」

「でも本当のことです。本来ならば、あの家の付近で解決の糸口を手に入れられたはず」

 深山さんの苦々しく恨めしそうな行程に、春宵さんは止めようとする。しかし、溢れ出たものを受け止めるのは難しい。


「それを、お前なんぞが助けを呼んだせいで、とんぼ返りする羽目に!」

 春宵さん越しに聞こえる深山さんの怒り。

 そう、私が死にたくないと願ったせいで、何も成果を得られずに帰るはめになったのだろう。


「陽本に私たち妖怪がお忍びで、入るのがどれだけ大変なのか! この人間ごときに!」

「一白は悪くない。死にかけていたのだぞ。深山、いい加減口を慎め」

 少しばかり低くなった春宵さんの声。ビリッと私の肌の上を戦慄が走っていく。


「っ!! ……失礼しました」

 それは深山さんも一緒なのか、一瞬言葉に詰まった後、渋々と小声で謝罪の言葉を述べる。


「一白、すまない。やっかいな神託が下ったせいで、深山も気が立っているのだ」

「いえ、深山さんの意見のが正しいです。私こそ、そうだとは知らず申し訳ありません」

「何度も言うが、一白は、まったく悪くない」

 頭を下げる私に、春宵さんは優しくあやす。本当に赤子に対するように柔らかな声だ。私に目を合わすように体を丸め、俯いていた顔を覗く。緩く弧を描く桜色の瞳、ふさりと長く白い彼の髪が私に枝垂れかかる。

 そうして私を抱えたまま、春宵さんは上座へとゆっくりと歩み、金色に輝いている座布団の上に胡坐をかいた。


 鬼たちの視線がより一層たちに集まる。不機嫌そうな深山さんや、渋い顔をした深山さんの父親の視線も、向かい合うように座ったせいでぐさぐさと刺さる。


 恥ずかしい、下してほしい。

 感づかないかと思い、体をよじらせることで、ささやかに脱出を試みる。が、簡単に抱きなおされて、更に強く抱え込まれた。


「それに、そもそも今回の問題は我々の都合だ。これからのためにも、一白には話しておこう」

 言葉でお願いすべきかと、口を開きかけた瞬間。私の気持ちに反して、春宵さんは淡々と今までなにがあったのかを語り始める。私は唇を閉じて、一旦説明に聴覚を集中させる。


「我々の国である月隠国には、月に宿る陰神さまと呼ばれる神様がいる」

 遙か昔から夜に包まれ太陽の光が届かないこの国に、光を集める月というものを作った神様。

 妖怪たちは月の満ち欠けで日付を見ており、月光を浴びることで体に力を蓄えている。

「私が生まれた陽本国とは正反対」

 永遠の昼間と永遠の夜、反対の世界がこんなにも近くにあるなんて不思議だ。前世なら、学者が匙を投げそうである。


「ああ、で、その神様は守護神として国を守る代わりに、節目節目に妖怪たちへ神託をするのだ」

「神託?」

「神様からの伝言とか、お願い事だ」

 やはり、神様と言えど無償ではないのだろう。わざわざ神託を下すことで、お互い持ちつ持たれつの関係を保つ。そこまでを聞いた私は、すぐに今回の神託の内容に当たりがついた。


「それが、『百鬼夜行復活』?」

「一白は理解が早い、その通りだ」

 先ほど聞こえてきた『百鬼夜行の復活』。春宵さんは甘い口調で、私の顔に触れた。白く長く鋭い爪が、私の頬から首を通り鎖骨までを優しく撫でる。


 ぞわり、恐怖に似た本能的な感覚が触れた場所から背中へと駆けていく。

 反射的に縮こまる私に、その大きな手は片頬を包んだ。ずいっと近寄る顔、既に鼻先同士がぶつかり合うような距離だ。


「やはり、一白はまいすぃいとはにぃだな」 

 にっこりと笑う春宵さんの笑みに、ただただ硬直して受け止める。

 なんて、返すべきか。言葉を頭に浮かべては、言おうと唇を薄く開けて、勇気を出せずに閉じてを繰り替えす。

 素直にありがとうでいいのか、それとも何かの皮肉か。

 気の利いた返しなんて、褒められる事も無かった人生には、本当に一つもなかった。


「なあにが、『百鬼夜行』だ! ただの妖怪どもの徘徊じゃねぇか!」

 ただ、見つめあう私たちの時間を遮ったのは、随分と苛立った鬼の悪態であった。声がした方へと顔を向けると、鬼たちがすでに不機嫌そうな表情で互いの顔を見合わせていた。


「百年前に潰れた古くせぇもんを、今更やるかって話だ」

「狐族なんて『狐の嫁入りは慶事、タダの練り歩きとは違うわ』って、鼻で笑いやがって」

「なんで、隣国までわざわざ歩かなきゃいけねぇんだつーのはよくわかるけどよ」

「しかも、陽本は俺ら妖怪を毛嫌いしてっだろ、そこに行くのもなあと」

 先ほどの鬼の発言を皮切りに、鬼たちが次々と不満を垂れ流し始める。

 鬼たちの言い分を聞くに、目的もなしで妖怪たちが陽本国に向かって練り歩くのが、百鬼夜行といわれるものなのか。

 不満は止まらず、どんどんと鬼たちの声は大きくなっていく。

 たしかに、こんな状態で『百鬼夜行の復活』をすることは難しいのは、よそ者の私ですらすぐに分かる。


「しかし、神託だ。文句言ったところで、やらねばならぬのは変わらん」

 鬼たちへと厳しい言葉を放ったのは、渡里さんだった。


「若様は皆が納得する形を模索するために、こうして会合を開いておるというのに」

 そして、父親に続くように深山さんも鬼たちに言い放つ。春宵さんをちらりと見ると、ただ静かに鬼たちを眺めていた。

 桜色の瞳からは光が消えて、ただただ鬼たちを眺める。なんだか、わからないが、感情が全く読み取れない。

 しかし、ほかの人たちは気づくこともなく、鬼たちはさらに不満を叫び続ける。


「そんなん知るか」

「神が一体俺らに何してくれたという」

「上のやつらで勝手にやってろ、俺らだって忙しいんだ」

「どうやって、楽しくなんてできるんだ、徘徊を」


 会合はどんどんと混沌へと向かっていく。

 これはまずい状況だ。しかし、春宵さんは表情も変えず、静かに会合を眺めているだけだ。

 どうすればいいのか。無理やり参加させられている状況ではあるが、どうにかできないかと思わず考えてしまう。

 百鬼夜行を楽しくできる方法、ただ練り歩くんじゃなくてなにかこう、もっと付加価値をつけて。

 すでに会合なんてまともに進められない荒れる部屋。

 鬼たちの一方的な喧噪の中、一人の鬼が叫んだ。


「俺らは、酒飲んで、どんちゃん騒ぎ以外はしたくねぇ。百鬼夜行なんてつまんねえもん、誰も納得するかよ」


 その瞬間、私の頭の上に浮かぶ電球が光ったような、目の前が明るくなるような気がした。




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