第五話 会合


 頼りだと思っていたのに、予想外の提案に私は思わず、お岩さんの顔を見て固まる。

 部外者が会議に入るなんて、確実に迷惑でしかない。


「それは、流石に……」

「流石、お岩だ。よし、では、一白、行くぞ」

 私の遠慮しながらも制止しようとしたが、春宵の大きく張りのある声に掻き消される。

 それだけではない。

 本当に呆気にとられた一瞬。

 彼の素早い動きによって、私の身体いつのまにか横抱きにされ、気付けば屋敷の廊下を豪速で走り抜けているではないか。


「っ!!」

「一白、我にしっかり捕まっておれ」


 タタタタタタッ

 廊下の木からか、凄まじい連打音が自分の背後から鳴り響く。

 音、風圧、視界。

 春宵の横顔以外、全てが横線の色合いとなって消えていく。

 また、身体にかかる風圧も下手にバランスを崩したら、簡単に後方へと飛んで行きかねないほど。乗り心地としては最悪で、私は振り落とされないよう無我夢中で、彼の着物をヒシッと掴む。


「案ずるな、我が一白を落とすわけ無かろう」

 ぐっと自分の身体抱きかかえる彼の腕は、身長に比例して大きい。まるで赤子のように私を、包み込んでいた。

 けれど、それとこれとは別だ。


 万が一があるかも、知れないでしょうが!

 大声で叫びたかったが、下手に口を動かせば舌を噛みかねない。

 命の危機を感じつつも、この際早く会議室に着いてくれ! と心の底から願うことしか出来なかった。


 それから、どれくらい経ったのだろう。


「戻ったぞ!」

 ドンッと大きな声を上げながら、私を片手で横抱きしたまま、片手で扉を開く春宵さん。

 扉の向こうからは、野太い怒号が聞こえる。


「遅い! 若が終わりの挨拶しねぇと会合は終わらねぇの忘れたのか!」

「早く酒盛りしに行きてぇんだこっちは!」

「今日はいつもより酒を飲ませてくれなきゃ、困るってもんよ!」

「ったく、あの烏もなんのための天狗だ!」 

なんと自己中心的で酷い言い分だろう。

 たしかにこの人たち相手に会議したところで、どうにもならないと愚痴る春宵さんの気持ちもよく分かる。

 現に春宵さんが、黙ったまま奥の上座へと歩んでいく。ちらりと声をした方を視線を向けると、様々な色や大学の鬼たちが、じっと不機嫌そうに私たちを見ていた。


 本来ならば、鬼に睨まれているのだから、恐いはずだ。

 しかし、私は乗り物酔いしたせいか、こみ上げてくる吐き気と戦うので余裕がなかった。

 やはり腕の中で常に揺さぶられている状態、熱中症で倒れたばかりで体調の悪い自分には、ちょっとした地獄だった。


 それに、めちゃくちゃ恐ろしかった。

 多分五分も掛からずに到着しているだろうけれど、体感としては軽く五倍はかかったと感じるほどだ。


「なんじゃ、その女! なんとも抜けた顔をして! 狸族か!」

「またちんけな女狸を! 狸びいきしおって! だから、狐族から嫌われんだってんだ!」


 誰か、振り回すための木刀と体力をくれないか。

 本当に体調の悪い中、とんでもない中傷の流れ弾。誰が抜けた顔だ。ちんけな女だ。元の世界なら事実陳列罪、侮辱罪で訴えられるぞ。

「何を言うておる」

 私が思わず、ジト目で鬼たちを睨もうとしたところで、黙っていた春宵さんが口を開く。

 先程はズレた反論だったが、今度こそまともに言い返してくれるのではと、少しばかり期待した。


 しかし、


「たしかに狸たちに似て、この力が抜ける顔と、地味でこぢんまりした感じの良さが分からねぇとは。お主らはわびさびが分からねぇなあ。それがなんだか、愛おしいんじゃないか」

 鬼たちはどうやら、デリカシーというものがないらしい。

 先ほどといい、今といい。

 本当に私を好きなのか? と、疑いたくなる言い草だ。

 ジト目を春宵さんに向けると、春宵さんは既に私を見ており、嬉しそうに笑った。

 やはり、美しい顔に微笑まれると、思わず自分の胸が高鳴る。

 しかし、それ以上に、何故この人は私を好いているのか、ますます解らなくなってしまった。


「まさか!? 鬼の一目惚れか!?」

「おおおお! やっと、か!」

「深山! おめぇ、なぜ、それを言わねぇ! 今日は祝いの宴じゃねぇか!!!」

「はあぁ? これに? 若も父親に似て目がわりぃんか?」

「もっと、べっぴんいただろ!」


 見つめ合う私たちに、今度はよく分からないヤジが飛び交う。喜ぶ人も居れば、随分と酷い言いような人も混在していた。

 まさに、混沌とした空間。

 大きい声や言葉を滝のように浴びているせいだろうか、どんどんと自分の身体が耐えられず、体調が悪化していく。


 そんな中を、耳をつんざく「ガアッ!」と言う一鳴きが制した。

 鳴いた方を皆一斉に視線を向ける。

 そこには、真っ黒い鴉の翼を広げ黒い山伏衣装に身を包んだ、くちばしの生えた老人が立っていた。

 恐ろしくも厳格な雰囲気を漂わせた男は、真っ直ぐに私たちを目で射貫く。


「深山! お前は陽本ひのもとに若様の女を漁りに行ったのか!」

「ち、父上……!」

 厳しい叱責は、皮膚の上をびりりと鳥肌がたつ。そして、春宵さんの後ろから、深山さんの焦り引きつった声が聞こえる。

 どうやら、この厳格な老人は、深山さんの父親のようだ。


「落ち着け、渡里わたり。確かに神通力で見えた場所に行ったのだが、私が命を助けることを優先したまで。深山は悪くはない」

「しかし、早く解決せねば、若の首を絞めるだけです」

 怒気を纏った渡里さんに、春宵さんは少しも怯まず弁明をする。勿論、渡里さんは弁明ごときで許す雰囲気は無く、鋭い指摘を突き付けた。


「わかっている。全く、我が神も難しい問題をだしおって」

 少しばかり拗ねたような口振りで、小さく大きく一息を吐きながら、視線を落とす。


「百年の時を経て、『百鬼夜行を復活』とは趣深い」

 わずかながら憂いを帯びた春宵さんの、含みをもった言葉。

「百鬼夜行?」

 私は聞きなじみのない言葉に、首を傾げた。

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